iida6今回の例会は、鹿児島から「社会福祉法人天祐会」理事長の飯田祐里華氏をお迎えし「理念浸透と人財育成」と題して講演して頂きました。

飯田講師から冒頭に理念が浸透している状態とは、「日々の仕事において経営理念が現場の社員さんの一挙手一投足に表現され、それが継続されている」ことだと教えて頂きました。

そして、今回のテーマである「理念浸透と人財育成」の答えであり”立役者”は「社風」であるということでした。
飯田講師はこれまで「人」で大変苦労され、その道程の中でその答えを体験を通して導きだされました。

まず経営理念を作り、人財育成のために教育、研修しますが、現場の社員さんは中々自分が思い描いたとおりにはならない。
何人もの人が入ってきては辞められるということが繰り返され、それが何年も続き思い悩みました。
今振り返ってわかったことは、経営理念の浸透と人財育成が上手く機能する”立役者”は間違いなく「社風」であり、より簡単に言うとその「場の空気」が非常に重要だということです。

飯田講師は当時のことを遡ってお話して下さいました。

誰もが潰れると思っていた頃

飯田講師は東京のご出身で、平成4年にご結婚されて鹿児島に「いいだクリニック」に嫁がれました。
クリニックは昭和4年に開業していますが、飯田講師が来られた頃は患者さんはほとんどおらず、「お化け屋敷」のような状態でした。
当初は社員さんが4名とパートさん1名でした。

飯田講師はご結婚前は東京丸の内にある日本を代表する大手企業の人事部で働いていました。
とは言え、仕事というのは誰でもできる、特に売り上げに直結したりお客様に喜んで頂けるという仕事ではなかったので、仕事に対して「誇りを持つ」ということはありませんでした。
ただ、誰もが知っている大手企業であったので、一歩外に出たら「下手なことは出来ない」というプライドや責任感は持っていました。

それだけに、嫁いで初めて鹿児島のクリニックに行った時に、近所の人しか知らないということに大きなギャップを感じ、同時にそこで働いている人たちも「いいだクリニックの社員」という意識が無い態度に戸惑われます。

実際の現場も「これなら潰れるだろう」と誰もが考えるような状態でした。

当時は外来と入院だけでしたが、外来の患者さんは一日10名未満、入院も19床あるのに患者さんは3~4人。
その上、当時の入院患者は保険目当てに仕事をしながら入院する「社会的入院」の人が大半で、恐らく当時はそれができる病院として捉えられていたのではないかと飯田講師は言います。

さらに当時の状態を示す象徴的な出来事がありました。

ある時飯田講師が入院病棟にいくと病棟中にたいへんな悪臭がしていました。
驚いて医院長に尋ねると「それはポータブル(動けない患者さんのための簡易トイレ)だろう」と答えます。
さらにそれは何時誰が片付けるのかを尋ねると看護師の仕事だというので、当時のベテランの看護師を呼んで「気づいたらスグに片付けませんか」と言うと、「そんなことをすれば患者の家族が面倒見なくなる」と怒鳴られました。
そこで改めて東京の友達に電話で確認した上で、再度その看護師に言ったのが「もう少し見回りの回数を増やしませんか?」だけで、当時はそれぐらいが精一杯だったということです。

そのベテラン看護師は15年ほど勤めている、つまりこのクリニックではそれが「当り前」のことであり、クリニック全体が「悪い空気」に包み込まれ、ここで働いている人はすべてその空気を吸って仕事をしていたわけです。
飯田講師が新しい「健全な空気」を持ち込んでも飲み込まれ、かき消されてしまいます。

そんな中で飯田講師は日創研の研修受講をきっかけに「本気」で現場の改革に着手されます。
そこで起こる反応は「社員さんの入れ替わり」です。
ほぼ毎日のように面接をするようになり、毎月歓送迎会が行われます。
飯田講師も意地で毎回歓送迎会に出席しますが、歓送迎会ですら「しらけた空気」が漂い、まとまりが無いので乾杯すらできない始末。

iida2そんなまとまりのない、荒れた現場ではありましたが、クリニックを存続させるためには何とかしなければならない。
SA研修で学んだ通り「意図が明確なら方法は無限大」、能力ではない、方法の問題だから何でも試してやろう、と決意されます。
周りには規模の大きな病院があり、大きさやネームバリューでは太刀打ちできない。
ならば内容で勝負しよう、現場を良くすれば勝てるかもしれないと飯田講師は考えられました。
今の状態を変えて、患者さんに喜んでもらえるような現場、現場の人が主役となり自主的に患者さんに喜ばれる行動をすることができれば、評価され評判になってライバルに勝てるかもしれない。

ただし、現在の規模の差は如何ともしがたいので、大きな病院に対抗するのではなく、「小さい組織ならではのことをしよう」と考えます。
現場の人の機動力や「痒いところに手が届く」ような優しさや親切を醸成させていくことを考えました。
さらにその上で考えたのが、「現場の人が誇りが持てる職場」になることでした。

つまり今の荒れた状態を改善し現場の人にとって「働きがいがあり、働きやすい職場をつくる」ことであり、これが飯田講師の理念経営の始まりでした。

どんな時でも現場が主役=人が主役

理念経営を目指して改革に着手した飯田講師でしたが、長く荒れたままだった現場がそう簡単に変わるはずもなく、変わるまでには数年の時間を要しました。

それまでは、ビジョンや目標、計画を打ち立てても聴く耳を持つ人はおらず、例え個人面談で個別に話をしても変わることはありませんでした。
飯田講師は頑張る自分に疑いを持ち、今の嫌われ者の姿が本来の自分だったのではないか、とも考えてしまいます。

また、いくら面接をして新しい人が入れ代わり立ち代わり入ってきたとしても辞めていく、もしくはこれまでの人と同じような態度、行動になっていく姿をみて、この地域の人に問題があるのではないか、人に問題があるのだとも考えてしまいます。

飯田講師は現在のグループの社員さんたちの中に、その当時の人たちが入ってきたとしても当時のような「不健全な価値観」を出さないし、恐らく考えることすらしないだろうと言います。
今振り返ってみて当時の何をやってもうまくいかないその原因、犯人は「場の空気」だったのですが、当時は原因を「人」にあると考えていたということです。

iida1「場の空気」というのは正常な意見、つまりその場を占めている空気、考え方とは違うものは排除するものであるから、例え個人面談で理解してもらったとしても、その場、集団に戻るとしばらくして元に戻ってしまう。
だから、うまくいかないのは誰か特定の個人ではなく、その「場の空気」によって阻害されるものであり、言い換えればその「場の空気」を許している間は個人にどれだけ言っても何も進まないし、変わらないということです。

飯田講師はこれに気付いた時にさらに勉強をされて「空気を悪くする原因」というものを知りました。
その根本は、その場にいるチームメンバーの「心の状態」が空気に影響を与えるということです。

その代表的なものとして3つを教えて頂きました。

  1. 人任せ(リンゲルマン効果)
    集団になるほど力を抜く(会議も人数が多くなると意見が出づらくなる、など)
  2. 新しい価値観が入り込み悪い方へ感化される
    前の会社はこうだった、だからここはおかしい、普通じゃないなど、人の入れ替えにより起こることが多い
  3. 言い訳
    既に起きたことに対して、自分に納得いくように後で上手に理由付けする(会議で、なぜ昔のように意見を積極的にださないの?だって自分ばかり発言するよりも新しい者が発言した方が良いと思って、など)

これらのことからその「場の空気」というのはとてつもない影響力を持っていることがわかります。

そして「場の空気」とは組織において以下のことを表します。

  • 人はルールには従わないが、その場の空気(環境=社風)に従う
    (人は環境=空気によって善にも悪にも染まる、類は友を呼ぶ)
  • 空気はその集団の価値観や判断基準を示している
  • 空気は経営資源(組織の体質、ホスピタリティを決定させている)

では、その「場の空気」はどのようにして作られているのでしょうか。

「その一瞬(その時)」のその場にいた各自の「心の状態」が作り出し、その一瞬一瞬の積み重ねが毎日、1年、2年、3年と続いていくことで「文化=社風」になってしまうのだということです。
場の空気を悪くする心の状態、その状態が引き起こす態度・行動というのは、「言い訳」「やらされ感」「責任回避」「自己中心的」「消極的」「嘘つき」「否定的」「きつい」「ルーズ」「不真面目」「暗い」といったものが挙げられます。

これらが常時行われることによって、それが「当り前」となり社風となっていきます。

空気革命を起こす

「場の空気」を味方につける、応援団にすることができれば、良いことがたくさんあると飯田講師は言います。

  1. 良い社風は、マイナスの雰囲気を排除してくれる、まるで空気清浄機のような役割を果たす
  2. 理念の浸透はもちろんのこと、方針や目標の浸透が早くて深いので、いつも成果を出し続けることができる
  3. 良い社風は、一人一人が主体的に行動する
  4. 良い社風は、一人一人の個性が発揮される
  5. 良い社風は、人が成長する

iida5空気を味方につける、というのは「空気をマネジメントする」ことだと教えて頂きました。
飯田講師はここに気がつくまでに空気ではなく「人」を変えようとしていたと言います。
いくら個別の「人」を変えようとしても、先述の通り「人はその場の空気に従う」ので、集団に戻ると元に戻ってしまいます。

空気をマネジメントすることとは具体的に

  1. 人を変えるのではなく、空気清浄機のように空気を変える(空気に向けて発信する)
  2. あるべき姿と現状を語る(自社の「当り前」「普通」「常識」は何かを正しく具体的に言葉や行動で発信し続ける)
  3. 「2:6:2の法則」(自燃人・可燃人・不燃人)の可燃人に働きかける(感動づくり・企画)

ここで飯田講師からとてもわかりやすい例え話をしてもらいました。

遅くまで残業する会社というのはとても多く、それが当り前「社風」になっている会社はたくさんあります。
これは例えば毎日残業する部下に対する上司の接し方(その瞬間)で作り出されます。
「君は毎日毎日遅くまで働いて大変だね、悪いね。」と労いの言葉をかけながら帰っていく上司。これはつまり、残業を良しとしている、残業すれば評価される、残業が当り前なのだとしているのです。
一方で「君はなぜ残業をしているの、残業しなくてもよいように昼間の業務改善をしなければいけないね。」と言われれば残業することが当り前ではないということになります。

このように「健全な価値観」に基づいた態度や言動で発信し続けることで、その集団・組織全体に伝わり、それが当り前になっていくということです。

また、ここで大切なのがそれを「2:6:2の法則」に則って6割の人(可燃人)に向けて発信していくということでした。
先の2割の人(自燃人)は自主的にやれる人であり「リーダー」であるので、言わずとも率先してやっていき、後ろの2割の人(不燃人)が組織の足を引っ張る存在です。
6割の人がリーダーに引っ張られるのか後ろの2割の人に引っ張られるかで組織は変わります。
言ったことをリーダーが実践し評価されるということを示すことで6割の人が前に進み、結果的に2割の人が取り残されていくことになります。
その距離が離れてしまうと、2割の人は前に進むか会社を去るかの判断をすることになる、ということでした。

この「空気のマネジメント(価値観や判断基準を言葉や行動で示す)」をするきっかけとしてうってつけなのが「13の徳目朝礼」や「社内勉強会」です。
この時(場)の態度や発表内容などが経営理念に基づいたものか、あるいは自社のビジョンや目標が話の中に出てきているかどうかで現状の浸透度がわかり、社員さんにとってはこれがきっかけになります。
同様にクレームの時の対応も自社の価値観や判断基準を理解させる良いきっかけになるということでした。

飯田講師はここで、これら朝礼や勉強会はあくまで理念浸透の「きっかけ」になるもので、それをやっていれば社風が良くなるわけではないことを強調されました。

空気革命で現場力が上がる

iida4飯田講師は、社内で空気革命を起こし社風が良くなってくると現場力が上がる、自律的な行動ができるようになってくるという事例をいくつか教えて下さいました。

「孫の結婚式参加」

「田舎の家」

「ざぼんラーメン」

いずれもクリニックの経営理念を理解し、会社のビジョンや利用者様との約束を果たそうとするための社員さんの自主的な行動であり、いずれのエピソードも心が震えるような感動がありました。

驚いたのは、飯田講師が現在手がけている介護施設において、重度の認知症の方が社員さんの献身的な働きかけによって回復していくという、現場力の高さを物語るお話でした。

講演後の質疑応答で「ES(社員満足)やロイヤリティを高めるにはどうすれば良いか」という質問に対しても、事例で教えて頂いた現場での「特別なありがとうをもらう」ことが一番だということでした。

そのために必要なのは、顧客満足を得るために好ましい人間関係(チーム)を作ること。
現場の人間関係が良いことは必要なことですが、非公式な「仲良しクラブ」だけではその関係性は脆いものなので、お互いを認めあい同時に間違いを指摘し合える関係性を作ることが重要だということでした。
さらにこの関係性を作っていくためには一人一人に「働きがい」と「働きやすさ」は両輪であるという「健全な価値観」を伝わるように伝え続けていくことが大切だと教えて頂きました。

iida3また、社風を変える上で心がけてきたことは何か、という質問に対しては、「トップが常に明るく元気で、否定的なことを伝える時でも肯定的な表現に変えて伝えるようにする」など、自分が「空気清浄機」になってその場の空気を変えていくことだということでした。

例えば朝礼などで茶番でも良いから全員が率先して挙手をする、内容は二の次で盛り上げる。
当然ただ盛り上げるのではなく、わずかでも理念に対する理解があればそれを評価してあげるということです。
トップやリーダーはこのような「きっかけ」をつくり仕掛けていくこと(場づくり)が大切で、そこで正しく理念が理解されるようにコーディネートしていくことが重要だと教えて頂きました。

最後に飯田講師の人事理念を問われると、現在は教育理念として「マザーテレサの言葉」を用いて伝えているということでした。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから

はじめにお聴きした嫁いだ当時の「澱みきった空気」の悲惨な状況から現在のような社風に変えることができた、一つの感動的なストーリーをお聴きしたような講演でした。

「人を変えようと思っていたが間違いだった。変えるのは空気だった」「空気革命」「(社風の)空気清浄機」という言葉がとてもわかり易く、あらゆる組織や集団における普遍的な考えであることを教わりました。

同時に飯田講師から「何よりも明るさが大切」ということを教わりました。

本当にありがとうございました。

ご参加頂いた会員の皆様にも改めて感謝申し上げます。