将来メシが食えない子供たちを救え

学生の頃さんざん遊びまくって、今はほとんど寝ずに仕事漬けの毎日を送っているという高濱正伸講師。
高濱講師は、人間力が高まる人材育成を掲げ、学習塾「花まる学習会」の運営やNPO法人「子育て応援隊むぎぐみ」の活動など勢力的に動く先生です。

色々な予備校などで子供たちに勉強を教えていましたが、ある予備校で男子ばかり50人ほどのクラスを受け持つことになりました。
そのクラスの生徒は皆まともに話せない、それどころか目も合わせられないといった子供たちで、一見して「将来メシが食えないだろうな」と高濱講師は思いました。
そんな彼らを見て教える前に高濱講師は言いました。
「大学なら向こうから来てくださいというところもあるから必ず入れる。でも社会は甘くない。目を見て挨拶できなければメシが食えなくなる。だからまずは声出しから始めよう」
ところが彼らは下を向いたまま「僕たちそういうのいりません」。

その衝撃的な出会いを友人の精神科医に話をしたところ、その友人は驚きもせず答えました。
「知らないのか? この国は働けない大人を量産しているんだよ。精神科の医者なら誰でも知っている」
昼と夜が逆転した生活、遊ぶでもなく学ぶでもなく、20歳をとうに過ぎた人がただただ昼夜逆転してゲームかテレビ、時々ジャージで買い物に行く、という人が何十万人もいると言うのです。
大袈裟だと言う高濱講師に対して友人は「医者なら誰でも知っている。今は見えてないだけ。2〜30年後には彼らが問題になるよ」
現在その言葉が証明された形になり、「働かない大人」が知り合いや親類に必ず1〜2人いるということが社会問題となっています。
この「将来メシが食えない」子供を何とかしようと始めたのが「花まる学習会」だということです。

高濱講師は勉強には2種類あると言います。
一つは字や計算といった作業のように繰り返し行うことで身に付くもので絶対全員がやらなければならないものでこれを「べき力(やるべき学び)」と言い、もう一つは「思考力」で、これは考える力を身につけること。
計算問題を解いたり字を覚えたりすることはわざわざ学びに行かなくても家でもできることなので、むしろ子供の時は思考力のほうが大事だということです。
近年ではその思考力を試す問題が色々なところで出され、今回の講演でも高濱講師からは女子学院中学の入学試験に実際出題された問題を例として紹介されました。
(参考)http://sakuragumi.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/2000-2c70.html
この問題が思考力を試すものであるというのは、回答を導き出すためには図には書かれていない、見えていない「補助線」を書き足すことによって答えを導き出すところに思考力が必要とされるところにあります。

では、この思考力はどこから生み出されるかと言うと、脳科学の分野で言われているのが「大好きで集中して反復」することで身に付くと言われています。
やらされて繰り返しやっても身に付くものではなく、そのことが好きで自ら繰り返し行うことで身に付く、「好きこそ物の上手なれ」こそが思考力=賢さを生むのだということです。
つまり学力が高ければ役人にはなれますが、今をときめくIT起業家になれない、というよりも起業しようという発想が生まれない。
これは現在成功している起業家の多くがそうであったということから証明された事実だと高濱講師は言います。
このことから子供の思考力を高める上で一番有効なのが「野外活動」だということです。
川に行って「ダムを作ろう」と考えて(構想)、作ると決めて(意志)石や枝を集めてダムを完成させる(やり切る)、「秘密基地」を作ろうと考え、丸太や枝を集めて完成までやり切る。
こういった子供の頃に野外体験を通じてゼロから構想し、やり切るという体験をしてきた人ほど、大人になってからの収入が多いということが大学等の研究で証明されているということです。
高濱講師はこの「将来メシが食える大人」になる子供を育てるために、思考力を高める野外活動を中心とした教育を行っているのです。

愛が子供たちの強い心を育む

基礎学力の上にべき力や思考力をどのように育むかによって人生が変わるということですが、高濱講師は実はさらにその土台により大きな要因があると言います。
それは「自己肯定感」、つまり心と感情が子供の時にどのように形成されるかによって、自分の力で学んでいけるかが決まるということです。
高濱講師が言うには、14歳ごろまでこの自己肯定感を失わずに育てば、その後は自分で考えてやっていくことができる。
しかし、現在の日本では9割以上の人が偏差値教育や「べき力」重視の風潮によって自己肯定感を「潰されている」と言います。

この自己肯定感を育むのは幼児期における「鉄筋の愛(されている)」と「(コンプリートの)強い心」だということです。
特に今の日本に求められるのは「強い心」であり、これは「しつけ」と「(失敗、ケンカなど)辛い体験」によって育まれると言います。
この子供の頃の辛い体験、一見ネガティブに見える経験が「心のワクチン」となって心を強くするということです。

全米でベストセラーになった『傷つきやすいアメリカの大学生たち』という本の中で、Z世代の今の学生が自由を履き違えたような言動、それも「授業がつまらない」などの理由で大学の教師を辞めさせるデモ活動をするといった過激な行動が頻繁に起こっているという事実が書かれています。
これは本のタイトルにある通り今の若者が「傷つきやすい」ことが原因だということですが、つまり過保護によって「打たれ弱い」体質、心に育ってしまっているということです。

高濱講師はこの本を紹介しながら、現在の日本も「事勿れ主義」が社会全体に広がり、いじめ問題をはじめとして子供の環境に大人が干渉しすぎていることに警鐘を鳴らしています。
高濱講師も小学生の頃にいじめに遭って自殺を考えるほど悩んだ時期があったそうですが、克服したという経験を持っています。
そこには強くて大きな「母の愛」があったからであり、つまり子供が「強い心」を持つには「愛」が不可欠だということです。

高濱講師が「花まる学習会」の中でこれを実証したのが、吉祥寺に開校したフリースクール「花まるエレメンタリースクール」です。
これは高濱講師を慕って来た若い教師が不登校の子供たちを何とかしたいという思いで始められた学校ですが、複数の教師が担任となって子供たちにとにかく関わるというスタイルです。
様々な問題を抱え不登校になった子供たちに対して、それぞれの問題に干渉するのではなく教師が「愛」でしっかりと受け止めることで子供たちの心(感性)を刺激し、子供たち自らが問題を克服していくということです。

40歳からでもやりたいことを見つける

また、現在の日本人のほとんどが偏差値教育によって小学生(さらに下)から就職までの進路を自分の意思で決めていません。
このことを如実に表しているのが最近やたらと目に付く「転職情報」で、それらのほとんどで訴求しているのが「ここじゃない職場」です。
一見キャリアアップを後押ししているように見えますが、その本質はこれまで進路を自分の意思ではなく、偏差値や給料など数字で比較されたものだけで選んできた結果、自分に合う仕事ややりたい事がわからなくなっているということです。
一流企業に行った「勝ち組」と言われるような人でも、40歳ぐらいになってわからなくなる人がたくさんいると高濱講師は言います。
これを克服するためには自分の心を見つめることであり、自分の意思を確認することだということです。

この自分の心、子供の頃に描いた夢を40歳になって思い出し、一念発起「宇宙ゴミ回収」の会社を立ち上げた人がいます。
株式会社アストロスケールの創業者長である岡田光信さんは、落ちこぼれだった高校1年の時に参加したNASAのスペースキャンプで宇宙飛行士の毛利衛さんから「宇宙は君たちが活躍するところだ」とメッセージをもらって感動し、その後は夢のためにとにかく勉強しトップクラスの成績を取るようになります。
こうなると学校の進路指導で東大を目指すことになり東大へ入学しますが、卒業後も夢とは関係ない当時の大蔵省へ入省するという「お決まり」のコースを歩みます。
そこで違和感を覚えて金融やIT業界に転職、悩んだ末に自分がやりたかったことに気づいて宇宙に関する会社を立ち上げました。
「宇宙ゴミ回収」という事業は技術も市場もない、競合がゼロの完全なブルーオーシャンでした。
周囲には事業の難しさから反対されますが、宇宙ゴミ(スペースデブリ)は世界的な問題であることから岡田さんは完全なブルーオーシャンであることを喜び、迷わず事業を立ち上げました。
今では世界的な企業として成功し、世界中から注目されています。

高濱講師はこの話を紹介しながら、40歳からでも自分の心を見つめ、やりたいことを見つけることができるという証であり、それぞれの会社の中で悩んでいる人にとって朗報であると強調しました。
悩んでいる人には子供の頃に好きだったことや熱中していたことなどを思い出してみて、それが仕事につながらなくても趣味でもいいから再び心から楽しめることを見つけることだと高濱講師は言います。
高濱講師が勧めるのは日記をつけることで、毎日の自分の心の動きを正直に書き出すことで自分の内面が見えるようになってくるということです。

この自分の意思ではなく決められた枠組みの中で評価されるために生きてきた人にあるのが「不幸の方程式」であり、その代表的なのが「人目」「比較」「やらされ」「コンプレックス」だということです。
これはその人が子供の時に両親や学校の先生など大人が与えたものであり、それがその人の意思の表面化を妨げてしまうことで不幸になるというものです。
親が人目を気にして子供の意思に関係なく行動させる、あるいは得意不得意があって良いはずなのに比較をする。進路などを子供の意思ではなく親が決めたり(行かされた)、人前でできなかったことを指摘されることで自信を失ってしまう(できないんだ)、といったことです。
会社においても同じことは起こりうるわけであり、これらはその人の心に深い傷となってひどい場合は死ぬまで引きずることがあるので、社長や上司は社員さんや部下の意思をしっかりと確認することが大切です。
また、悩んでいる人に対しては何らかの不幸の方程式を抱えている可能性があることを考えて、じっくりと話を聞いてあげ、その呪縛から解き放してあげることが重要だということでした。

高濱正伸講師、貴重なお話ありがとうございました。
ご参加いただいた皆様にも改めて感謝申し上げます。