今回は中小企業がマーケティングに失敗する理由を紐解き、そこからマーケティングに成功するために何をすべきかを考えていくという内容でした。

コンサルタントや広告会社に踊らされる中小企業

まずはマーケティングに失敗する10の理由について。
これら理由に共通するのは、マーケティングについての間違った理解です。

1.セールスとマーケティングを混同している
2.成功している企業と同じことをしようとする
3.短期間での結果成果(成功)を求める
4.なぜ自社から買うのかがわかってない(売れている理由が説明できない)
5.売れている理由が共有されない(全社の取り組みになっていない)
6.仕事につながらない(仕組みになっていない)
7.思い込み
8.潜在ニーズに目を向けない
9.他社とのコラボレーションが苦手(視野が狭い=問題解決のためのアイデアの幅が狭い)
10.ITに弱い

中小企業で「マーケティングに取り組んでいる」というところはたくさんあります。
また、ネット上には「SNSを使って問い合わせを2倍に」といった謳い文句が踊り、同様の営業をかけてくる広告会社やコンサルタントがいます。
それらは決して安くはありませんが「これで儲かるなら」「これがマーケティングだ」と考えて取り組んでいる中小企業は少なくありません。
一方で、そういったマーケティング手法が成果を出している、もしくはある決まったマーケティング手法によって業績を上げた会社、というのは聞いたことがありません。
なぜ、中小企業のマーケティングは上手くいかないのでしょうか?

それは中小企業の多くがマーケティングを自社の商品・サービスを広く知らしめ「売れるようにする方法」だと考えているからです。
もし本当に、たくさん売れるようになる方法があればどの会社も利用するでしょうし、日本の景気が悪くなることなどありません。
だからこそ、広告会社やコンサルタントから勧められて取り組んでも思うような結果が得られないのです。
その上、上手くいかないことに対して勧めた広告会社やコンサルタントにを伝えても、「それは貴社の商品・サービスに競争力が無いから」などといった答えが返ってくる、という惨めなことが頻繁に起こっています。

「売る」ことを目的にするから失敗する

この「上手くいかない」マーケティングの根本原因は何なのでしょうか?
それは、マーケティングの目的を「売る」ことだと解釈してしまっていることにあります。
中小企業経営者の方からは、よくこんな事を言われます。
「商売、経営の基本は「売る」ことなんだからマーケティングの目的も「売る」ことだろう、マーケティングは「売れる仕組み」を作ることだろう」と。
マーケティングは確かに「売れる仕組みづくり」なんですが、中小企業の多くが取り組むマーケティングはそうではありません。
いろいろなところから聞いた、あるいは仕入れてきた「売る仕組み」を取り入れて、自社商品・サービスを「売る」ために取り組んでいるだけのところがほとんどなのです。

では、広告会社やコンサルタントがいい加減な仕事をしているのか、というと当然そんなことはありません。
それぞれの「売る仕組み」を取り入れて、販売や営業に力を入れることは決して間違いではありませんし、広告会社やコンサルタントが勧めるそれらの方法が間違っているわけでもありません。
しかし、「売る仕組み」を取り入れれば商品・サービスが売れるわけでもありません。
なぜなら、商品・サービスが売れるには、顧客が「欲しい」と考え「買おう」とする、その一連の行動の理由、つまり「買ってくれる理由」があって売れるので、その理由を把握しないで一方的に売ろうとしても上手くいかないからです。
仮に商品・サービスが売れたとしても、やはり「なぜ買ってくれたのか(売れたのか)」がわかっていなければそれを再現できませんから、売り続けることができないのです。

また、「買ってくれる(売れる)理由」がわかっていないと、売れている間は良いですが、売れなくなった時に「売れなくなった理由」もわかりませんから対処できないという事態に陥ります。
最近もコロナ禍において急激に需要が伸びた商品・サービスがあり「コロナバブル」などと呼ばれた市場がありましたが、コロナが終息した途端に急速に冷え込み危機的な状況に陥ったところもありました。
大事なのはこういった需要の変化、価値観の変化といった顧客の変化に「気づく」ことであり、気づくことができれば対処できます。
そのためには常に顧客のことを知ることが必要で、実はマーケティングの目的こそ「顧客のことを知ること」なのです。

「やり方」ではなく「あり方」を決める

「マーケティングに失敗する10の理由」の中には、一見すると何が問題なのかがわかりにくいものがあります。
「2.成功している企業と同じことをしようとする」はよくあることで、例えばベンチマークしている成功企業の「やり方」を自社に取り込んでいるという会社はありますし、問題ないように思えます。
でも、成功企業が成功できたのは「やり方」を見つける前に相当の時間をかけて自社の顧客や社員さんに対する「あり方」を変えることができたからで、今見えている「やり方」はその変革の結果生み出されたものです。
つまり、成功企業の「あり方」を含めて同じことをするのであれば良いですが、企業によって異なる顧客に対して「やり方」だけを取り込んでも上手くいかないということです。
これは、「失敗する理由」の5.と6.にもつながっています。

「9.他社とのコラボレーションが苦手」も特にマーケティングに関係ないように思うかもしれません。
たまに中小企業同士のコラボレーションを見ますが、大抵の場合はそれぞれの企業が自社商品・サービスを売る上で「他にはない特徴をつけるため」、もしくはそれぞれの企業にとって有利(Win-Winだから)というのがほとんどで、コラボレーションが上手くいった、成功したというのは聞いたことはありません。
そもそもなぜ他社とのコラボレーションをするのかと言うと、それは自社だけでは顧客の問題や困りごとが解決できない場合があるからで、それぞれの企業の商品・サービスを売れる、売りやすくするためではありません。
こう言うと「自社の事業領域外に手を出すのか」と思われるかもしれませんが、領域外の問題は他社の力を借りるわけですから「事業領域を広げる」のではなく、事業領域外の問題にも関心を持つ、つまり顧客の問題や困りごとを「より幅広く捉える」ということです。

顧客の問題や困りごと、つまりニーズというのは実は複雑で、その根本の原因を把握した上でのものでないと「満足」には至りません。
顧客満足のためには自社が提供できるものだけに限定せず、「広範なニーズ」を捉えて考える必要があるのです。
「他社とのコラボレーションが苦手」というのは、自社が提供できる商品・サービスで解決できる問題しか頭にないことから、「顧客が本当に求めているもの」に考えが及ばず、取り組もうとしていないことを意味しています。
マーケティングで成功するためには、自社のことよりも顧客のことを考えて、そのためには「他社とのコラボレーションによる解決」も考えられる柔軟性が必要なのです。

「失敗する10の理由」はマーケティングに対するこれまでの自社を中心に「売る」ことを目的としたマインドセットです。
これをそれぞれ新しいマインドセットに変えることで、それぞれのマーケティングが成功に近づくことになります。(例会資料を参照)
ここからは、新しいマインドセットを獲得するために中小企業が取り組むべきことを4つのキーワードに分けて説明していきます。

マーケティングに成功するための4つのキーワード

1.マーケティング思考

これまで中小企業の多くは「売る」ことを中心に考え、「売る」ことが経営の中心でした。
こう書くと「いや、顧客のことも考えているし、顧客像をイメージして仕事をしている」と言われるかもしれません。
実はそこに致命的な欠陥があり、その考えに欠落しているものこそ「マーケティング思考」なのです。

組織経営や管理の大家であり、『マネジメント』の著者でるピーター・ドラッカーは著書の中で「企業の目的」について、それは「顧客の創造」でしかないと明言しています。
そして、すべての企業が顧客を創造するために持っている機能は「マーケティング」と「イノベーション」だけだと述べています。
また、利益は企業にとって目的ではなく、継続していく上での条件だとも述べ、企業の成果は顧客満足だと言っています。
さらに、市場(マーケット)は自然発生するものではなく「企業の顧客への働きかけ」によって、つまり顧客が今求めているものを企業が提供する、あるいは潜在ニーズを顕在化させる(有効需要に変える)ことで生まれるものだと言います。
つまり、企業は顧客を創造するためにマーケティングという機能を使いますが、それは顧客から利益を得るためではなく「顧客満足」を生むためだということ。
そして、利益とは顧客満足の結果であり、企業を継続していくには顧客満足を与え続けることだということです。

一見当たり前のことを述べているように思えますが、多くの中小企業がこの企業活動の定義とも言えるドラッカーの言葉を誤解し、間違った取り組みをしています。
ドラッカーが言う市場が創られるための「企業の顧客への働きかけ」とは、①顧客が求めるものを提供する ②潜在ニーズを顕在化させる の2点ですが、多くの中小企業ではほぼ①に集中し、なおかつ誤解しています。
それは、①顧客が求めるものを提供する、というのを「顧客が求めるものを売る」と解釈し、「売る」ことに集中しているところです。

これも一見すると同じことだと思えますが、「顧客が求めるもの」というのは具体的なもの、つまり企業の商品・サービスのことではありません。
なぜなら、もし「顧客が求めるもの」が企業の商品・サービスであるならば、市場を創るのは顧客であり、顧客は企業が創造しなくとも市場に存在することになります。
ドラッカーが述べている「企業の目的は顧客の創造」というのは、顧客は企業(の活動)によって創造されるということであり、「顧客が求めるものを提供する」というのは、顧客が求めているものは何かを掴み提供するということなのです。

これまでマーケティングは、販売に関係する全職能の遂行を意味するにすぎなかった。それではまだ販売である。われわれの製品からスタートしている。われわれの市場を探している。これに対し真のマーケティングは顧客からスタートする。すなわち現実、欲求、価値からスタートする。「われわれは何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を買いたいか」を問う。「われわれの製品やサービスにできることはこれである」ではなく、「顧客が価値ありとし、必要とし、求めている満足がこれである」と言う。
(『マネジメント』第1章 企業の成果 2 企業とは何か)

ドラッカーが述べている「顧客は何を買いたいかを問う」というは、買いたいモノ(商品・サービス)は何かを問えと言っているのではありません。
むしろそのような解釈は企業目線であり自社の商品・サービスを売ることを優先しているとしています。
ドラッカーが述べているのは「ナゼ買いたいのか」つまり顧客は「何がしたいのか」あるいは「どうなりたいのか」といった顧客の「買う理由」を探せということなのです。
これらのことから、中小企業がマーケティングで成功するためには、自社よりも先ず顧客の立場で考えることを優先した思考=「マーケティング思考」が必要です。
冒頭で述べたように「顧客のことを考えている」としても、この「顧客の立場で考える」ことが欠落していると失敗するということです。

2.5つの質問

マーケティングに失敗する理由の5「売れている理由が共有されない(全社の取り組みになっていない)」は、企業のミッション(社会的使命)や事業目的が不明確あるいは曖昧なために、現場の社員さんがそれぞれの考えや理解によって行動や仕事をしている可能性を示しています。

「われわれの事業は何か。何であるべきか」との問いに対する答えをそれぞれが持つ。(中略)上から下にいたるあらゆる階層の意思決定が、それぞれ相異なる両立不能な矛盾した企業の定義に従って行われることになる。お互いの違いに気づくことなく、反対方向に向かって努力を続ける。まちがった定義に従って意思決定を行い、行動する。(中略)あらゆる組織において、共通のものの見方、理解、方向づけ、努力を実現するには、「われわれの事業は何か。何であるべきか」を定義することが不可欠である。
(中略)企業の目的としての事業が十分に検討されていないことが、企業の挫折や失敗の最大の原因である。逆に、成功を収めている企業の成功は、「われわれの事業は何か」を問い、その問いに対する答えを考え、明確にすることによってもたらされている。
(『マネジメント』第1章 企業の成果 3事業は何か)

この中でドラッカーは「事業が上手くいかないのは、それぞれが異なった事業の定義づけをしてそれぞれの考えに基づいて行動するから」だとしています。
ドラッカーは数々の著書の中で経営に関する様々な問いを投げかけ、それに答える形で経営や組織管理について述べており、この「事業を定義づけるための問い」も投げかけています。
それをまとめたのが、『ドラッカー5つの質問』(山下淳一郎 著)です。

1.われわれのミッションは何か?
2.われわれの顧客は誰か?
3.顧客にとっての価値は何か?
4.われわれの成果は何か?
5.われわれの計画は何か?

この5つが明確であれば、現場の社員さん一人一人が自社と事業を同じように理解し、一人一人が自分がやるべき仕事に取り組めるようになります。

恐らくこの事業の定義についても「我が社では経営理念があり、皆それを理解しているから大丈夫」と考える方もいるかと思います。
もしそれが本当なら、その会社では誰もが「売れる仕組み」ができており、「売れない」という人はいないはずです。
この売れる「仕組みを作る」というのがマーケティングなのですが、これは経営者や経営幹部だけでできるものではなく全社員で取り組むべきもので、全社員が関わらないと「売れる仕組み」は出来上がりません。
さらに、全社員で取り組まないと仕組みの土台となる「顧客情報の共有」が不十分になり、「誰もが」売れる仕組みにはならないのです。

そのためにも、社員さん一人一人が「自分は誰の何のために仕事をしているのか」あるいは「自分達の仕事は社会のどのようなことに貢献しているのか」を正しく理解している必要があるのです。
『ドラッカー5つの質問』の中で山下氏はミッションについてこう述べています。

①事業を通じて社会に貢献したいこと
②理念を具体的行動として示したもの

理念とは社会に対する、あるいは事業への「想い」であり、経営していく上で必要なものです。
その想いの「熱さ」や「高さ」が人の心を動かしていきます。
ただし、理念は「想い」であるだけに言葉の意味は幅広く、下手をすれば抽象的になりがちで、それを明文化した人以外にとっては時にこんな疑問が湧いてきます。

「想いはわかったけど、何をどうすればいいの?」

現場の社員さんにとって想い以上に重要なのが、目の前の仕事に対して「どう向き合えば良いのか」「どうすれば役に立つのか」という具体的な行動です。
だからこそ、想いである理念を「誰のどのような問題に対して何をもって貢献するか」という具体的行動として示す必要があり、それがミッションだということです。

ミッションが正しく定まることで、社員さん一人一人が自分が何をすれば良いのか、どのような仕事をすれば顧客に喜ばれるのか理解できるようになります。
顧客に関する情報が集まるようになり、情報共有のレベルも上がっていきます。
つまり会社の誰もが「我が社は何で社会に貢献している」と答えることができるようになるということです。
このことから、ミッションは外部に伝わりやすく、仕事上の顧客だけでなく採用における求職者にも大きな影響を与えることがわかっています。

採用におけるマーケティングの重要性を説いた『すごい採用』(大谷昌継 著)では、事業を通じて社会に貢献したいことを表したミッションはつまり企業の「存在意義・存在価値」につながるものであり、求職者でも特に新卒の学生さんにとってはそれが「会社を選ぶ理由」になっていると書かれています。
ミッションが不明確であったり、「社会への貢献」が時代に合っていない、あるいは将来性に不透明さが感じられるといった理由で内定を辞退する学生が近年増えているということです。

ITが進化し今や誰もが簡単に情報を取得することができるので、いくら企業側が見せたいところだけを発信しても、消費者や求職者は周辺の関連情報を集めていわば「リスクヘッジ」しようとし、スマホやSNSによってそれが可能になっています。
つまり、現代の市場は完全に「買い手市場」になっており、特に知名度の低い中小企業においては自社が「選ばれる側」であることを理解しておく必要があります。
(一般的に採用市場においては求職者側を「売り手」としていますが現代は「来てもらう側」という立場から、採用市場でも企業側が「売り手」と考えるべき)

事業の定義は常に行う

「ドラッカー5つの質問」は事業を定義づけるためのものです。
事業の定義づけが必要な理由をごく簡単に言えば、全社員がそれぞれの解釈で仕事をしてしまうことを防ぐためです。
ドラッカーは『マネジメント』の中で、企業の目的は「顧客の創造」であり、それ以外ないと断言しています。
それぞれの企業が組織的に顧客を創造するためには、自社の「顧客にとっての価値(顧客価値)」を明らかにし、全員がそれを理解し市場に働きかけることです。
つまり、社員それぞれが別々の解釈で仕事をしていては業績は上がらないということ。
企業の業績を上げるには事業の定義づけをし、それを全社員で理解共有し、全社員が同じ目的(顧客価値の満足)で仕事をしなければなりません。

ただ、ここで注意が必要なのが顧客価値です。
中小企業の場合「我が社の強みは〜」と自信を持って言いますが、大抵の場合それは強みではなく「特徴」であること多い。
強みとは顧客が自社を選択してくれる理由「買う理由(売れる理由)」であり正に顧客価値であるはずなのですが、そうではないことが多い。
その理由は、顧客にとっての価値である以上その答えは顧客の中にあるはずですが、顧客に確認せずに「我が社の強みは〜」と言っている、つまり「自称強み」であることが多いからです。

ドラッカーも顧客価値は「憶測せずに顧客に聞かなければならない」とし、なぜなら顧客価値は複雑で潜在的だからだと言っています。
ニーズとは「不足した状態」のことであり、ウォンツは「具体化されたニーズ=商品そのもの」です。
言い換えればニーズとは「欲求の理由や背景」のことであり、それが生まれることで商品・サービスが求められます。
この「欲求の理由や背景」は人それぞれで、それぞれの環境や考え方、価値観に基づいて生じるものですから、そう簡単にはわかりません。
この顧客価値をはじめとする顧客のことを知るための取り組みこそがマーケティングであり、「顧客の創造」のために企業が持つ機能の一つだとドラッカーは言っています。
顧客のことを知るための取り組みをせずに「自称強み」を基に仕事をしている企業は、言わば企業が持つ機能が働いていない状態であり、それゆえに「顧客の創造」ができていないということです。

ドラッカーはさらにマーケティングによる事業の定義は「常に行わなければならない」と言います。
なぜなら、時代とともに人口動態は変化し価値観も大きく変化するからです。
特にドラッカーが強調したのが、多くの企業は事業の定義を業績が悪化してはじめて行うため、余裕が無いことから中途半端になり、結果的にそれが破綻につながると言っています。
これを簡単に言うと、売れている理由がわからないまま(あるいは自称強みを理由として)売っていると、売れている間は良いですが一旦売れなくなると理由もわからず売っていたので(自称強みが理由だった場合はそれが否定されたので)手の打ちようがなくなるということです。
つまり、マーケティングによる事業の定義は常に、特に業績が良く余裕がある時ほど行っておくべきことだということです。

3.カジュアルな関係構築

では、顧客にとっての価値「顧客価値」をはじめとする顧客のこと知るにはどうすればいいのでしょうか?
これについても「普段から顧客とコミュニケーションを取って話を聞いているのになぜ顧客価値を把握できていないのか」と疑問に思われる方もいるかもしれません。
では、そもそも仕事上の「顧客とのコミュニケーション」とはどのようなものでしょうか?

恐らくほとんどの方が営業活動の一環として顧客とコミュニケーションを図っていると思われます。
なぜ、営業活動としてのコミュニケーションでは顧客価値を把握しにくいのか。
それは、当然ながら営業活動が商品・サービスを売るための活動だからであり、売ることを念頭においたコミュニケーションだとどうしても一方的になりがちだからです。

これは、冒頭で挙げた「マーケティングで失敗する理由」の一番目「セールスとマーケティングを混同している」ことによって起こっている問題であり、顧客価値を知るためのコミュニケーションの課題です。
つまり、セールスとマーケティングはまったく別の活動であり、マーケティングはセールスの前に行われる活動です。
これを混同している企業はセールスや広告を含めた営業活動全般がマーケティングだと考えていますが、これは明らかな間違いで、そのままだと前述の通り最悪の場合破綻してしまう可能性もあります。

マーケティングは顧客のことを知り、顧客価値を理解することであり、それを手に入れることができれば顧客自らがその価値を求めてやって来る、セールスを不要にするのがマーケティングの目的だとドラッカーも述べています。
セールス・売ることが目的の営業活動とは別の活動、つまりセールスや営業を抜きにしたコミュニケーションを図ることがマーケティングには必要なのです。
そしてそれを可能にするのが「カジュアルな関係構築」にあります。

カジュアルというのはビジネスの対局であり、カジュアルな関係とは簡単に言えば「仕事を抜きにした関係」あるいは友だち関係に近いものです。
つまり「カジュアルな関係構築」とは仕事や営業あるいは採用といった相手にとっての「心理的ハードル」をなくし、互いに本音が出せる「場」をつくるということです。
顧客価値は顧客の潜在意識にあり、そこから引き出すには(完全に引き出せなくても)本音に近いコミュニケーションが必要です。

実はドラッカーも『マネジメント』の中で組織を円滑に動かす上でのコミュニケーションについて言及しています。
その中でドラッカーは「目標管理(共有)によって経験を共有(共感)することで、互いの知覚の違い(ミスマッチ)が明らかになり、コミュニケーションは成立する」と述べています。
顧客であれば「なりたい姿」や「仕事上で成し遂げたいと考えていること」など相手の目標を共有できれば互いのミスマッチ、つまり「自称強み」ではなく「顧客にとっての価値」がわかるようになりコミュニケーションが円滑になるということです。
顧客の目標を共有することが顧客価値を知る手段だということですから、企業はそれぞれの顧客に応じたカジュアルでオープンなコミュニケーションによる関係構築、つまり「場づくり」のアイデアをいくつか考えることが必要なのです。

4.疫学的アプローチ

疫学とは病気の原因や根拠、背景を見つける医学の研究方法の一つです。
近年では新型コロナウイルスが発生した際に原因や感染経路の究明に用いられました。
この疫学がマーケティングに必要な理由は、マーケティングという「取り組み」がほぼ疫学と同じだからです。
疫学の目的は病気の原因究明ですが、マーケティングの目的も顧客の「買う理由」の究明です。

そして疫学のポイントは事実調査から客観的な仮説を立て、それを確認するための実験をする、ということを繰り返して原因を絞り込んでいくというものです。
先ほどの顧客価値を見つけるための「カジュアルな関係構築(場づくり)」こそが疫学における「実験」にあたります。

セールスとマーケティングを混同していると、この実験による「買う理由=顧客価値」の究明をしないで、とにかく「決まった相手」に売り込むことだけを行います。
この「決まった相手」というのも主観的な「思い込み」によって定めたものですから、売ることを目的とした取り組みは、売れても売れなくても足下の数字のためだけの「価値の低い」ものになってしまうのです。

「売る」目的だけの取り組みでも、売れれば利益が出るから良いと考える方もいるかもしれません。
しかし「なぜ自社から買ってくれるのか」という理由(顧客価値)がわからなければ、再現性のないいわば「まぐれ当たり」であって「誰もが売れる仕組み」になりませんから、その時に得た利益分の価値しかありません。

言い方は悪いですがいわば病気にかかっている人、つまり売れないで悩んでいる人をなくすことも経営者の仕事です。
これまでのやり方に固執して「売る」ことだけを目的にした取り組みではなく、疫学と同じようなアプローチで様々なアイデア・方法を試す中で「買う理由(顧客価値)」を見つける取り組みにしていくべきです。

なぜ中小企業ほどマーケティングができないのか?

多くの中小企業は、業績が上がらないのはセールス、営業活動が不十分あるいは競合に負けているから、もしくは広告宣伝ができていない、知名度が低いからだと考え、そういった「売る」ことにばかり力を入れようとします。
でも、営業に力を入れれば売れるようになるでしょうか?
知名度が上がれば自社の商品・サービスは売れるでしょうか?

先述の通りドラッカーは、マーケティングは企業の目的である「顧客の創造」のために企業が持っている「機能」であり、業績が上がらないのはその企業がマーケティングという「機能を働かせていないから」だと述べています。
そしてマーケティングはセールスとは全く異なり、むしろマーケティングが正しく行われればセールスは無くなる、顧客の方から集まってくると述べています。
そして、マーケティングとはセールスや広告宣伝=企業から売り込むことではなく、顧客にとっての価値(顧客価値)を見つけることだと述べています。

ご存知の通りドラッカーはマーケティングの専門家ではなく、マネジメント=企業経営の大家です。
経営の大家、エキスパートであるドラッカーのこの言葉は大変重いものです。
つまり、中小企業がマーケティングができない、もしくは失敗してしまうのは、中小企業の多くが「売る」ことを最優先し、それを経営の「目的」にしてしまっているからだと言えるのです。
「売る」ことや「売れる」ことは目的ではなく、取り組みによる「結果」です。

企業の目的は「顧客の創造」、すなわち困りごとや問題による欲求(ニーズ)を持った人や社会をコミュニケーションを通して見つけ出し(=マーケティング)、それを満たすもの(顧客価値)は何かを顧客の立場に立って考え出すことです。
この一連の取り組みを全社で行うことこそが「売れる仕組みづくり」であり、顧客価値が明らかになればそれを伝えるだけで「売れる」のです。

これを「理屈だ」「理想論だ」と切り捨てることは簡単です。
確かに「売れる仕組みづくり」は簡単なことではなく、顧客価値を生み出すのは大変な作業です。
しかし、顧客価値に関係なく「売る」ためだけに社員さんの営業力を頼ったり、知名度を上げるための宣伝広告に無駄な費用をかけるのも「安易な」経営だと言わざるを得ません。
そのような安易な経営、つまり顧客価値を見つけるための正しいマーケティングが行われないことで苦しむのは現場の社員さんです。

顧客価値こそ企業の、それぞれの仕事の価値であり、働く原動力である「やりがい」につながります。
マーケティングは顧客のためであり、同時に現場の社員さんのためでもあるということです。
だからこそドラッカーもこのように述べているのです。
「マーケティングは販売よりもはるかに大きな活動で、専門化されるべき活動ではなく、全事業に関わる活動である」
「マーケティングに対する関心と責任は、企業の全領域に浸透させることが不可欠である」
マーケティングは顧客のため、「やりがい」のある仕事のために全社で取り組むものなのです。

事例発表

今回は、顧客とのコミュニケーションから顧客価値を生み出し(マーケティング)、事業を発展させていった事例として南洋アスピレーション株式会社様に発表していただきました。

こちらは南洋グループとして南洋アスピレーションを母体として、LSB、アプレイズ、CISの4社を展開されています。
主な事業は1都3県を中心に人材派遣や業務請負をはじめ、現場で生産性向上のためのシステムを自社開発したり、企業主導型保育園(渋谷区)を運営。
グループには現場の業務委託に特化した会社(LSB)があり、全国約60施設の大型ショッピングモールでの館内配送事業、一部地域でのホテル清掃事業を手掛けています。
ラーメン屋を展開する飲食事業(アプレイズ)、店舗を構えて不動産管理、賃貸、売買もおこなっています(CIS)。

中小企業としては珍しく手広く色々やっているのは、理念である「人間尊重」にあります。
代表の天野社長は創業時、関わる人々をより豊かに、そして応援して次のステップへという想いで事業を始めています。
すなわち、人生に必要不可欠な衣食住として、衣は収入として派遣、食で飲食、住で不動産、さらに仕事をより円滑にするべくシステム、働くお母さんの社会問題のために保育という想いで繋がり大きくなってきました。

歴史

南洋グループが創業したのは今から27年前の1996年。
当初の仕事は、ほぼ全てが大手物流会社のセンターでの仕分け作業や配送業務の業務委託でした。
2000年代になると、インターネットの発達でAmazonや楽天が開始したことで国内の物流市場が一気に拡大、物流会社の拡大とともに自社の業績も一気に拡大していくことになります。

しかしちょうどその頃、人材派遣市場も伸び始めたことから人材会社として派遣免許を取得しますが、逆に派遣が主流になり始めたことでメインの物流会社の内部体制が変わり、依頼は下がりはじめてしまいます。
代わりに物流経験豊富な人材を多数抱えていることを強みとして、他の物流現場を派遣で獲得していくことで会社全体としては売上をキープしていきました。

そんな中、2012年に「派遣法の改正」という大きな転機が訪れます。
この改正でいわゆるスポット派遣が禁止になってしまい、大きな影響を受けました。
それでもそのタイミングで、現在主体となっている「館内配送」がスタートしています。
2013年以降それが順調に伸び始め、商業施設のお客様との関わりが増えた結果、オープン時の交通渋滞緩和のための「プラカード案内事業」もスタート。

この頃になると、ただ人材を提供したり現場を運営するだけでなく、業務の効率化や現場改善の悩みを多く聞くようになり、それを解決するための「システム開発」にも力を入れ始めます。
このような流れから一般的な物流系派遣会社から、人材だけでなくシステムまで幅広くお客様のニーズに応える会社と変わってきました。
業種に捉われず、お客様のお悩みを解決する会社、「お困りごと解決業」こそ現在の事業スタイルといえます。

「提案型営業」の重要性

このようにして様々な苦境に遭遇しながらも、新たな事業や顧客とのつながりを生み出せていけたのは「提案型営業」のスタイルがあったからだということです。
以前の営業スタイルは、営業マンが現場へ行って顧客と関係を深め、増員の依頼を受注し売上を上げる、というスタイルで、自分たちから提案するということはほとんどありませんでした。
結果としてそれが時代の流れで仕事が取れなくなっていくことになりました。

一度無くなったところに、新たに売り込みをかけて派遣枠を取ろうとしても、他社との価格競争がとなり、中小企業は大手派遣会社には勝てません。
そんな中で道を切り開いていったのが現在営業本部長の尾髙さん(東京経営研究会 会員)の提案型営業のスタイルだったのです。
これは、売り込み営業のように自社のサービスを売り込むためのものではなく、顧客の「現在のお悩み」のヒアリングを最優先で行うというもの。

そこでは人材に関することだけではなく、システムの悩みや内部の悩みでも何でも一旦聞き入れます。
そして顧客の悩み事をまとめ、自社が協力できそうなことをまとめた提案書を作成し、次の機会に持っていく。
そこからさらにコミュニケーションを通して仕事の可能性を見出すというもの。
ここで重要なのが、人材会社だから人材の悩みに限定してしまうと、人材に悩みがなければそれで終わってしまうため、「まずはなんでも聞く」ということ。

相手が新規客だった場合、人材会社だと決めつけられて受注できる業務の発展性を薄めてしまう可能性があります。
だからこそ一旦はすべてを聞いておくことでまとめた提案書を作成することができ、仮にその時成果に繋がらなくても、別の機会に「南洋さんに相談してみよう」となってもらえる可能性が生まれるということです。

新潟県の某リゾートホテルとの関わりが「提案型営業」の代表的な事例です。
ここでは客室清掃から取引が始まっていますが、清掃の人員不足以上に冬のメインシーズン以外に集客できていないという大きな課題が、ヒアリングした中で出て来ました。
一般的な清掃会社であればこの悩みに応えることはできませんが、担当の尾髙さんはこの悩みに対して、年間を通したリゾート施設にするためのアイデアを取りまとめてホテルに提案、現在動き始めています。

本業以外でも顧客の悩みを解決させる裏には、日創研で繋がりのある企業や地元企業をつなげるなどすることで、お客様だけでなく関わった企業が皆winwinになる体制づくりがあります。
南洋さん(LSB)としても、このプロモーション費用だけでなくホテルの宿泊者数が増えることで必要然的に客室清掃数も増えるため、本業の清掃事業にとっても大きなプラスになります。
こういったビジネス展開が描けるのも、まずは幅広くお客様のお困りごとに応えるスタイルのおかげなのです。

この「提案書にまとめること」も提案型営業の重要なポイントです。
関わりの多い物流系企業ではそもそも提案を書面にまとめることが少ないため、提案書を作ってもっていくだけで本気度が伝わるということがあります。
それ以上に、顧客の問題をまとめて明確化することで、それまでぼんやりしていた課題をはっきり意識することにもなります。
さらに効果的なのが、担当者の方向けだけではなく、むしろ担当者からその上長へと渡る提案書を意識して作ることです。

実際にこれで成果を上げた例として、南洋さんの主力事業になっている「館内配送」があります。
当時尾髙さんと先方担当者とで温めてきた企画で、尾髙さんが綿密な提案書を作り提出していましたが、その場ですぐに承認されることはありませんでした。
しかし、その提案書が少し先になって先方の役員の目に入り、気に入ってもらったことでスタートすることができたということです。
つまり作るべきは「ひとり歩きしても伝わる提案書」だということでした。

「商品ミックス」と「winwinなビジネス」

次に、提案の中で重要視しているポイントが「商品ミックス」と「winwinなビジネス」です。
南洋さんをはじめ中小企業には潤沢な資金があるわけでも、大勢の専門家が在籍しているわけではありません。
顧客の困りごとに対して1社だけでできることのみ提案しようとすると、できないことの方が当然多くなってしまい、顧客にとってオールマイティな存在になることができません。

課題ごとにそれを生業にした他社を紹介するという手もありますが、ただ紹介するだけでは困りごとの解決ができても次回以降声がかかることはなくなる可能性があります。
そこで南洋さんでは紹介するのではなく、他社をパートナーとして一緒に取り組むことで互いの商品やサービスを掛け合わせて「新たなビジネス」として提案するスタイルを行なっています。
関わる企業がみんな「winwin」になれるビジネスこそ、我々中小企業が生き残っていくためのスタイルだと考えています。

例えば南洋さんがホテル清掃事業を進める中で、自社のシステム課でより業務が円滑になるような業務管理システムを開発しはじめ、完成したβ版を現場で運用していました。
その中で、もっと現場の声を拾い上げてより良くしたり、またはホテル側のお客様にもよりメリットを生み出す機能をつけるバージョンアップを求められたのですが、どうしても自社内だけで開発するというのは時間がかかると考えられていました。
そんなときに、日創研の研修仲間である企業さんも同系統の清掃システムを開発しすでに商品化までしていたことを知り、お互いのシステムの良いところを掛け合わせてさらに良いシステムしていく形でコンセンサスが取ることができ、現在絶賛開発中だということです。
これもまさに、1社だけの先々の利益を考えれば、時間かけてでも自社開発を進める手もありましたが、パートナー企業を作ることでシステムを使用する現場にもお客様にも早くメリットが提供できるようになり、さらに清掃システムとしてのクオリティが上がることでパートナー企業のシステムが広まるチャンスにもなる。
関わる企業すべてがwinwinになれる提案だったということでした。

また、大手物流会社様の倉庫関連のシステムの相談もありました。
物流倉庫向けシステムというと、DC(ディストリビューション:在庫型物流センター)、のシステムはWMSという大手システムが多数あるのですが、TC(トランスファー:通過型物流センター)システムというのは専用システムがなくまだまだ改善が望めるセンターです。
そもそも「館内配送」で開発したシステムがいわゆる「TC向け」でしたが、この相談があったときどうしても1社では色々な事情で進めづらい事情がありました。

そんな時先ほどと同じで、日創研の研修仲間の企業と意気投合して現在タッグを組んでシステムの全国展開まで見据えたが事業計画を作成しているところだということです。
このように、自社1社だけでは諦めそうなことでも、関わりのある企業や商品とミックスさせて大きなビジネスを描いていくことで、それが顧客にもより高いクオリティの商品を提供でき、さらには関わる企業も皆プラスになるwinwinなご提案というのを常に心がけ行なっているということでした。

 

貴重な事例を発表していただいた南洋アスピレーション株式会社の吉崎友洋様、天野博幸社長はじめ社員の皆様ありがとうございました。
また、ご参加いただいた会員の皆様にも改めて感謝申し上げます。