2026年8月24日(月)に開催された東京経営研究会8月例会では、ベースボールスピリッツ代表・奥村幸治氏をお招きし、「リーダーは一流の教育者であれ」をテーマにご講演いただきました。奥村氏はプロ野球の打撃投手としてイチロー選手を間近で支え、少年野球の指導者として田中将大投手を育て、少年硬式野球の日本代表監督も務めた「裏方のプロ」です。トップアスリートと名指導者の思考を至近距離で見てきた奥村氏の言葉は、人を育て、組織を導くすべての経営者にとって、そのまま自社に置き換えられる学びに満ちた2時間となりました。

「与える」コーチングと「聞き出す」コーチング

奥村氏はまず、試合には出ず、シーズン中は一日わずか20分、選手に気持ちよく打たせるために投げ続ける「打撃投手」という裏方の仕事を紹介されました。奥村氏はプロ野球選手の経験を持たず、小柄な体格ながら7球団の入団テストを受け続け、最後にオリックスから声がかかってこの世界に入ったといいます。オリックス、阪神タイガース、西武ライオンズで4年間務められました。
25歳のとき、奥村氏はメジャーリーグのニューヨーク・メッツのキャンプを訪れ、当時在籍していた野茂英雄選手と吉井理人選手に「日本とメジャーリーグの一番の違いは何か」を尋ねます。二人が口を揃えて挙げたのは、技術でも体格でもなく「コーチング」、すなわち教え方の違いでした。
• 日本のコーチングは、監督やコーチが「もっとこうしなさい」と方法を与える「与えるコーチング」
• アメリカのコーチングは、「お前のことはお前が一番分かっている。気持ちを伝えてくれないと分からない」と、選手の考えを引き出す「聞き出すコーチング」
奥村氏は、野茂選手が「与えるコーチング」を過保護になぞらえて警鐘を鳴らしたことを紹介されました。あれもこれもと世話を焼きすぎれば、選手自身が考える力を失ってしまう ― この指摘は、社員育成における自社のマネジメントを見つめ直す視点となりました。

行動を「見抜く」リーダー ― 距離感と気づく力

「聞き出す」コーチングの前提として、奥村氏が強調されたのが「自己主張」と「自己アピール」です。同時に野茂選手は、「言葉に出さなくても相手に伝わる」とも語ったといいます。英語が話せなかった野茂選手は、その日達成すべき目標を持ってグラウンドに立ち、目標をクリアするための行動を続けました。すると監督やコーチから「その行動は素晴らしい。もっと続けなさい。でも、こうすればさらに良くなる」というアドバイスが返ってきたそうです。
奥村氏はここで、メジャーリーグの指導者が持つ「見抜く力」「気づく力」に着目します。何も考えずに現場に行けば、その行動は「何も考えていない行動」として相手に伝わってしまう。目標を持った行動だからこそ、指導者は気づき、褒めることができるというのです。
そしてこの「気づく力」を支えるものとして、奥村氏は指導者と選手の「距離感」を挙げられました。近すぎれば我が子可愛さで比較ができない。ある程度の距離を置くからこそ、大人の目線で違いに気づき、的確なアドバイスができる ― 上司が部下の頑張りにどう気づくかという、職場の課題にそのまま重なる指摘です。奥村氏は「頑張っている行動に気づいて褒められれば、人は頑張れる」と、野茂選手が1年目に結果ではなく行動を認められて奮起したエピソードを添えました。

強い体と「運を掴む」ということ

奥村氏がメジャーリーグの選手たちに成功の条件を尋ねたところ、まず返ってきたのは「誰よりも強い体を作りなさい」でした。強い体がなければ人より努力できず、努力なくして技術は上がらず、体調管理なくして結果を出し続けられない、という考え方です。その象徴がイチロー選手であり、食事の席でも酒量を厳格にコントロールし、体を万全に保つ姿を何度も見たと振り返ります。
そしてもう一つ、奥村氏が「アメリカで一番学べた言葉」として挙げたのが、「強い体と、運を掴みなさい」という教えでした。選手たちは「運は掴める」と口を揃えます。
• 大きな運が一度に入ることはない。人として当たり前のことを当たり前に続けることで、少しずついい運が入ってくる
• 「野球はうまいが人としていい加減な選手」と「うまくないが人柄が素晴らしい選手」、人はみな後者を応援する
• このことに気づかなければ、いい運は入ってこない
奥村氏は、メジャーリーガーが貧しい国への支援や寄付を続けるのも、ファンの「頑張れ」という声への感謝からだと語られました。

応援される人になる ― イチロー選手とロベルト・クレメンテ賞

奥村氏は、イチロー選手が「応援される理由」を象徴するエピソードを紹介されました。ある試合前、イチロー選手はバッティング練習と10分間の守備練習を終えた後、ライトスタンドのファンに40分以上サインをし続けたといいます。「こんな選手を見たことがない」と奥村氏は述べ、自分が上に立つほどどうあるべきかを考えて行動する、その姿を若い選手たちがいずれ真似るだろうと語りました。
支援活動の原点として語られたのが、ロベルト・クレメンテ選手の逸話です。被災した国へ救援物資を届けようと飛行機で向かう途中に事故で亡くなったこの選手は、メジャーリーグの誇りとして讃えられ、その名を冠した「ロベルト・クレメンテ賞」は全選手が最も欲しがる表彰になっています。日本プロ野球の「ゴールデンスピリット賞」も、この精神が伝わったものだと奥村氏は説明されました。

「心・技・体」とプラス思考 ― 心が技術を支える

ここから講演は、イチロー選手の思考の核心へと進みました。イチロー選手は常に「心・技・体」のバランスを考えていたといいます。近い技術を持つ選手は数多くいたものの、10年連続200本安打を続けられたのはイチロー選手だけでした。その差を生んだのが「心」です。
イチロー選手は毎日、自分に「まずプラスに考えよう」と語りかけていました。そのプラス思考とは、「早く試合に行きたい」「早くバットを持ちたい」「早く練習したい」という気持ちを、どんなときでも作ることでした。少年野球の子供たちに「どうすればヒットが打てるか」と問われたとき、イチロー選手はこう答えたといいます。
「僕はメジャーリーガーの誰よりも、一番この気持ちを作ることができます」
技術を支えているのは間違いなく自分の心である ― この言葉に、奥村氏は超一流の本質を見たと語りました。

調子が悪いときこそ練習しない ― 体調管理という「準備」

奥村氏は、イチロー選手の意外な一面も明かしました。ヒットが3試合出なかったとき、練習を勧めても答えは「いりません」。バットを持ちたくてたまらない状態でグラウンドに来たいから、不安に駆られて練習しすぎ、体を疲れさせてはいけない、という考えでした。技術を追い込むべきは二軍やキャンプのときであり、一軍で毎日戦う中で最も大切なのは「体調管理」だというのです。
準備についても、イチロー選手は「試合が終わった瞬間から次の日の準備が始まる」と語っていました。道具を磨くことも体をケアすることも準備であり、大切なのはスイッチを自分の心で切り替えること。奥村氏は「1時間前に会社に着いてもオフのままでは意味がなく、10分前でもスイッチが入っていればいい」と、働き方に引きつけて語られました。

目標は「頑張ったら手に届くところ」に

奥村氏が特に力を込めたのが、イチロー選手の「目標設定」です。深夜から一人で3時間、4時間と振り続けるその集中力の理由を、イチロー選手はこう説明したそうです。その日やるべき目標を一つクリアするとまた次の目標が出てくる、それを繰り返すうちに時間が経っていた、最初から「3時間やろう」と決めた練習は一度もない ― 練習とは目標をクリアするためにやるものだ、という考え方です。
そしてイチロー選手は、目標を高く持ちすぎる危険を指摘しました。
「目標って高すぎると、頑張って努力しても手に届かなければ、しんどくなる、辛くなるでしょう」
高すぎる目標はマイナス思考を招き、諦めや挫折につながる。それは「目標の設定ミス」であり、目標は「頑張ったら手に届くところ」に置くべきだといいます。達成できれば嬉しく、充実し、プラスに考えられるからこそ諦めずに続けられる ― この話を、奥村氏は21歳のとき、20歳のイチロー選手の口から寮の部屋で聞いたと振り返りました。奥村氏は少年野球でも、体格や技術の異なる子に同じ目標を課してはならず、一人ひとりに合った目標の位置を定めることが指導者の役割だと語られました。

ルーティンと「継続は力なり」

奥村氏は、イチロー選手が心を動かさないために続けた「ルーティン」を詳しく紹介されました。バッターボックスでの所作、ベンチで座る場所、体操の順番、道具を磨くこと ― そのすべてが変わりません。道具を宝として扱い、バットを跨ぐことも決してしなかったといいます。ヒットを打った翌打席は右足から階段を登り、分からなくなれば降りてやり直したというエピソードには、会場からも驚きの声が上がりました。
イチロー選手が最も誇る努力は、高校時代の寮生活で3年間、毎晩10分の素振りを一日も欠かさず続けたことでした。
「簡単なことほど、続けることが難しい。続けることで自分の力になる」
多くの選手が不安なときだけ練習し調子が戻るとやめてしまう一方、イチロー選手は「やると決めた努力」を淡々と続け、「やらないと決めたこと」は一切やらない。準備の段階で波を作らないからこそ、結果も一定に出し続けられる ― これこそ「継続は力なり」を体現する姿でした。

苦しいときこそ先頭に立つ ― WBCと木村拓也選手

講演の後半、奥村氏はリーダーシップの実例を語りました。第2回WBCで打てずに苦しんだイチロー選手は、原辰徳監督に一番打者から外すよう申し出ますが、監督は「あなたが日本代表の一番だ」と言い切ったといいます。そのイチロー選手が、どれほど苦しくてもチームをまとめるために続けたのが、年下の選手を毎日食事に連れて行くことでした。日本ハムファイターズ二軍監督の稲葉篤紀氏は、決勝の一打を「イチローが打ったヒットではなく、みんなの想いが打たせたヒット」だと振り返ったそうです。
もう一人、奥村氏が「同学年の仲間」として深い敬意とともに語ったのが、故・木村拓也選手です。奥村氏が事務局を務める同学年の集まりの会長でもあった木村選手は、内野も外野も守れる選手として巨人に移籍し、原監督から「キャッチャーはできないのか」と問われて即座に「できます」と答えました。以来7年間、一軍での出番がなくても週に一度ブルペンで投手の球を受け続け、常にすべてのポジションの道具を鞄に入れてグラウンドへ通ったといいます。そして正捕手が負傷したただ一度の機会に、彼はベンチではなくブルペンで準備を終えていました。
• 「必要とされる位置に、いつもいられれば、好きな野球を少しでも長く続けられる」という木村選手の言葉
• 期待に応える行動を積み重ねたからこそ、生え抜きでない選手が引退後に監督のすぐそばのコーチとして残った事実
奥村氏は、球団もまた技術だけでなく人間性を見ていると述べ、「いい人間でいいチームを作りたい ― これは組織の中にあるもの」だと、企業組織にも通じる真理として語りました。

人を育てる ― 星野監督の原点と「2・6・2」の育成論

奥村氏は、少年硬式野球の日本代表監督時代に出会った故・星野仙一監督との逸話も紹介されました。母子家庭に育ち、母の手伝いをしてようやく手にしたグローブの記憶を語る星野監督は、子供たちが出会いから自覚と責任を育むことを願い、長年にわたり世界大会を支援していたといいます。奥村氏は、帽子を脱いでグラウンドに一礼し、道具を並べ、試合後にゴミ一つ残さない日本の子供たちの姿を「日本に残すべき教育」として誇らしく語りました。
そして講演は、現代の人財育成論へと収斂します。奥村氏は専門家から聞いた組織の「2・6・2」の考え方を紹介しました。意識の高い上位2割、中間の6割、下位2割 ― それぞれが求める欲求のレベルが異なるというのです。
• 下位2割は「存在欲求」。名前を呼び、存在を認めることで大きく変わる
• 中間6割は「行動欲求」。行動に気づき褒められることで頑張れる
• 上位2割だけが「結果欲求」でよい。負けず嫌いだから高い目標でも頑張れる
奥村氏は、AIが人間の知能に迫る時代だからこそ、目標を立て、ビジョンを描き、気づく力を持つ「リーダーになれる人」を育てることが経営者の役割だと述べました。かつては全体に一つの目標を掲げれば通用したが、今は一人ひとりの欲求と目標の位置に気づかなければ人は動かない。「なぜ努力できないのか」ではなく「努力できることが素晴らしい」と見る姿勢が求められる ― この転換を、奥村氏は少年野球の現場の変化を例に説きました。
さらに奥村氏は、「自主性」と「主体性」を明確に区別しました。期待通りに応えるのが自主性(それはロボットにもできる)、「こうすれば喜んでもらえる」と新たな発想を持つのが主体性であり、後者こそが「やらされる」を「やる」に変える力だといいます。トップダウンからボトムアップへ、答えを与えるのではなく「まず考えてもらう」ことが、若い世代の成長の鍵だと語られました。

成功を支える三つの柱 ― 実力・運・習慣

講演の終盤、奥村氏は成長と成功に結びつく三つの要素を提示しました。
第一に「実力」。実力は努力から成り、努力を当たり前にするには「ちょっとの努力で達成できた」という小さな成功体験の積み重ねが必要だといいます。
第二に「運」。運は「人との出会い」から成ります。奥村氏はここで、イチロー選手自身の転機を語りました。19歳のイチロー選手は独特のバットの握り方をコーチから否定され、理由を聞いてもらえないまま二軍に落とされます。しかし前を向く選手には出会いがある ― 二軍で振り子打法を伝える指導者と出会い、翌年に就任した仰木彬監督から「何があっても一番打者で使い続ける」と言われてスイッチが入り、二十歳で日本最多安打を達成しました。奥村氏は「イチロー選手自身が『あの監督と出会っていなければ』と言う。人の出会いと言葉の力は大きい」と、自らがプロ入りできたのもある指導者の推薦のおかげだったと重ねて語りました。
第三に「良い習慣」。良い習慣を身につけることが自分を成長させ、成功に結びつける ― イチロー選手のルーティンにも通じるこの三つ目に触れたところで、示唆に富む講演は締めくくりへと向かいました。

結び ― 裏方のプロが伝えた、リーダーの姿

奥村氏の講演は、イチロー選手をはじめとする一流アスリートと名指導者の姿を通じて、リーダーがいかに人を育て、どう自らを律するべきかを一貫して問いかけるものでした。「与える」のではなく「聞き出す」こと。行動に「気づく」こと。目標を一人ひとりの「手の届くところ」に置くこと。そして、簡単なことを「続ける」こと。いずれも、経営者が明日から自社で実践できる普遍的な学びです。
講演中には「明日の朝礼で使える」という声が会場から漏れる場面もあり、奥村氏自身も「アウトプットこそが学びを鮮明に残す」とその反応を歓迎されていました。トップアスリートと名指導者を間近で支え続けた裏方のプロだからこそ語れる、説得力と情熱に満ちた時間となりました。
奥村幸治代表、貴重で示唆に富むお話を、誠にありがとうございました。