農業から旅館業そして日本一

加賀屋さんは、明治39年に農業を営んでいた祖父が和倉温泉に湯治に来て、そこで小さな木賃宿を買ったのがその始まりだということです。
小田禎彦講師の祖父が旅館をやりたいと思い立って、持っていた田畑を売り払って購入して始めた旅館業だったわけですが、妻である講師の祖母は読み書きができなかったので大変な苦労であったことが容易に想像できます。当時はそれが当たり前だったそうですが、夫から急に旅館を始めるからと言われてとにかくついていくしかなく、そこでとにかく一所懸命働いた。そのような苦労の上に創業112年の現在の加賀屋さんがあり、その歴史と責任の重さを感じていると小田講師は言います。

加賀屋さんと言えば、サービス日本一の旅館として有名です。この日本一という称号は、40年以上前に創刊した業界紙「旅行新聞」が業界の話題作りの一つとして始めた「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」におけるものです。
日本全国のホテル・旅館を対象に実際に利用した代理店やお客様の情報を集めて、評価をつけてランキングで紹介するもので、「姿勢」「料理」「サービス」「企画」の4つのポイントでそれぞれのランキングと総合評価でのランキングをつけます。加賀屋さんは総合1位ですから、まさしく日本一の旅館というわけです。

現在でこそ1位になっている加賀屋さんですが、当初は一地方の温泉旅館であることからサービスを充実させようにも人が集まらないという問題がありました。
さらに当時は「部屋食」が基本であったために、決まった時間に各部屋に食事を持って回らなければならないわけですが、調理場から各部屋へはリフトやワゴンを運ぶといっても相当の重量があり、また雑に扱うわけにはいけませんから大変な重労働。地元だけでなく他県へも人材を求めて飛び回り、やっとの思いで確保した人でもこの重労働に耐えられずに辞められてしまうということを繰り返していました。
そこで加賀屋さんでは費用を投じて、その配膳のうちの調理場からある決まった地点まで「運ぶ」というところだけをやるロボットを特注で製作しました。これが的中し、決まった作業については機械の方が正確に行うことができる上に、スタッフさんは重労働から開放され余裕ができるようになりました。するとその余裕をお客様への「おもてなし」サービスに向けられるようになり、従業員の定着率が良くなった上にサービスの質も向上しました。
また、子供がいる女性にとっては、子供を預けて仕事をしなければならない上に、かなりの時間的制約を抱えながらの仕事になる。そこで、企業内保育をつくりお母さんが働いている間子供を預かる、さらに早朝勤務の場合なども考えて「母子寮」も用意しました。これにより時間的な制約だけでなく、安心して仕事ができる環境のお蔭で仕事の質はさらに向上しました。
加賀屋さんでは、このようにして機械化や従業員向けの施設といったハード面を強化することで従業員さんの心のこもった「おもてなし」というソフト面を充実させることができるようになったということです。

加賀屋日本一の「おもてなし」の原点

この加賀屋さんの日本一の「おもてなし」サービスは、実はそれ以前の小田講師のご両親、先代夫婦が、特に母親つまり女将さんがその本を築いたということです。
先代夫婦は仲の良い夫婦でありましたが、こと仕事に関しては日頃からよくサービスについて言い争っていました。先代の主人は「サービスをし過ぎると利益が残らない」と言い、女将さんは「1回来て頂いたお客様に満足してもらい、また来るよと言ってもらわないと続かない」と言いました。どちらも正しい商売の道理であり、夫婦が互いに商売の両面をしっかりと取り組んできたからこそ今があるのだと小田講師は言います。
さらに、小田講師が加賀屋を引き継ぐ時に先代から言われたことは「蟻の前に塩と砂糖を置いておくと最初は迷うがいずれ砂糖を選ぶ。況や人様が支払った以上のものが返ってくるという良いビジネスの見分けがつかないはずがない。だから仕入れ、料理人の腕、サービスの気持ち、この基本を正しく行っていれば商売は難しいものでも怖がるものでもない。同時に”あなたなら”という世間の評価が大事だから経営者としての自分磨きをしなさい」ということでした。
小田講師曰く母親である先代の女将さんはとにかく「飴に砂糖を塗る」ほどのサービスに徹した方でした。当時は「お客様がお着きになってからお帰りになるまでに10回お茶を入れ替えて差し上げなさい」と言っていました。現在は客室に入られるのを嫌がる方もいるので、同じようなサービスはできませんが、とにかくそれぐらいお客様に尽くしなさいという教えでした。
ホテル産業近代化の父とされるアメリカのスタットラーはこう言いました。
「良いサービスとは、お客が望むことをやって差し上げなさい。お客が望まぬことをやってはいけません」
これはホテル旅館業界だけに限らず、サービス全般において共通かつ最も重要なことだと小田講師は言います。
先代の女将さんはすべての従業員に対して「笑顔の一番良い顔で、気遣い、気配り、気働き」が大切だと言い続けていました。お客様を良く見て何を望んでいらっしゃるのか、何を望んでいないのかにすぐに気付かないといけない。さらに、お客様のご要望に対しては難しいものでもお断りせずにまずは汗かいて努力してみる。ベストな回答でなくても、ご要望に対して汗をかいたことが伝わればお客様は評価してくださる。
戦後のある時、進駐軍が爆弾処理のために旅館を訪れた際、当時の県知事が案内役として同行してきたのですが、食事の時に一人ひとりに御酌して回っていた。それを見た女将さんはこれはお客様へのサービスと共に接点の一つになると考えて自分でもやるようになりました。喜んでもらうだけでなく、直接お客様や部屋の様子を見て満足して頂いているかを知ることができるというわけです。もし、部屋に不都合があったり、お客様が今ひとつ満足できていないと感じた時にはすぐに係を変えるなどの対処をしました。
客室係の人にとっては厳しい指導であったはずですが、「女将さんは自分の親以上に私たちのことを心配し大事にしてくれる」ということを小田講師は係の人から聞いていました。係の人の家族に不幸があったと聞いた時には、仕事の合間にお通夜にとんでいって、手を取って慰め合う、従業員に対しても心のこもった対応をすることで、誰もが「女将さんのために」働くことを喜んでいたということでした。

すべてにおいて求められるサービス

また、加賀屋さんではサービスの質的向上のためにアンケートを重要視しています。アンケートの返答率は8%ですが、小田講師が言うには再度来てくださるお客様を増やすためにはこの8%の貴重な意見を元に改善をしていかなければいけないということでした。大半のお客様は何か気に入らないことがあっても何も言いません。つまりクレームが無いかわりにそのお客様が二度と来ることもなければ、いつまでも問題点の改善ができず品質が向上することもない。下手をすれば現状に満足して、気がつかないうちに品質は劣化していくことになります。なぜなら、先述のスタットラーの言葉通り「お客が望まぬことをやってはいけない」からであり、同時にお客様の評価は相対的であるため、できている他の旅館と比較するため評価が確実に下るからです。
では、旅館のクレームにはどのようなものがあるのか、小田講師が旅館の三大クレームを教えてくれました。一つは「お客様の要望よりも自分たちの段取り・都合を優先させる」ことです。次が「説明不足」、三つ目が「ニーズの多様化・個性化」です。三つ目は一見クレームにつながらないように感じますが、実はこれが一番厄介だと小田講師は言います。時代の変化、環境の変化によって価値観は変わっていきますが、旅館における一番の変化はお客様の旅行形態が「団体からパーソナル」になっていったことです。以前は一部屋に5人入っていたところから、最近は2人が基本、加賀屋さんでは一部屋平均2.8人になっているということでした。
要望も個性化しており「十人十色」は昔のこと、今や「十人百色」だと小田講師は言います。以前は食事の際に御酌しにいくと普通に受けて頂いていたのが、今は好みの飲み物、さらには銘柄までも「こだわり」として出てくるようになった。そして、その要望が聞き入れられないと「旅館側の都合を言う」あるいはデリカシーに欠けるとなる。あるいは、「他の人と同じはいや」ということもあり、とにかく「ニーズの多様化」というのはとてもデリケートな問題であるので、「気配り、気遣い、気働き」がますます重要になってきているということでした。

加賀屋さんでは「おもてなし」とは「対価を求めず、相手の喜びを自分の喜びとする(行為)」だと定義しています。
現在日本におけるサービス産業に従事する人の割合は65.8%、半数以上がサービス業に従事している社会で日々激しい競争が繰り広げられているわけですから、数字以上にこの「サービス」「おもてなし」ということが産業全体に求められるようになっています。例え製造業であっても、「ものづくり」だけでなく顧客の対応一つで評価に差がつくということです。
加賀屋さんにおけるサービスの定義は、「プロとして訓練された社員が給料を頂いて(その本である)お客様のために正確にお役に立って、お客様から感激と満足感を引き出すこと」とし、これを従業員に徹底しました。
加賀屋さんは、30年以上日本一であり続けたその裏では、こういった「おもてなし」「サービス」というものも一方で科学的に捉えて研究し、海外の様々な権威から学んできました。その中で例えば有名なリッツカールトンに費用をかけて従業員をお客として宿泊させて、お客様の視点でサービスを見るといったこともしてきました。30年で1000人、数億円という費用をかけてサービスについて研究してきたということでした。つまり加賀屋さんでは30年も前から自分たちの地域や日本だけにとどまらず世界に視野を広げ、またサービス提供側の視点だけでなくお客様の視点に変えて学んできたからこその日本一だというわけです。

サービスの本質

そこから導き出された「サービスの本質」というものを教えてもらいました。
一つは「正確性」です。お勘定、お釣りを間違えないこと、あるいは薬の用量や用法も間違えて伝えれば大変な結果になることもあります。検査や手術前に患者さんの名前や病名を確認しないで手術を失敗したら命にかかわる。受験生のお客様からのモーニングコールの依頼が抜けてしまい、試験に遅刻したとなったらその人の人生をも狂わせてしまう。
では、正確であれば「つっけんどん」な対応でいいのかというと、そういうわけにはいきませんから、二つ目は「(相手の立場に立って思いやる)ホスピタリティ」が必要不可欠です。これは事業だけにとどまらず、人としてのコミュニケーションにおいて必須の人の「心」ですから、身につけるために夫婦間や親子間など普段からホスピタリティあるコミュニケーションを心がけることが大切です。
「正確性」と「ホスピタリティ」この二つがなければサービスは成立しないということです。

最後にこの「おもてなし」「サービス」を実現しつつ利益を正しく上げていくにはどうすれば良いのかを聞きました。
一つは目標達成できる組織をいかに上手く作り行動させていく「コントロール」。
二つ目が「ターゲットマーケティング」。誰でもいいから来てもらいたい、ではなく、ある特定の人、自分たちが一番得意とするところで満足を引き出せる人に来てもらうようにすること。
三つ目が「ポジション」。商売というのはお客様が抱える問題を解決してあげること、お役に立つことです。お客様が抱える問題のうち自分たちが解決できるところはどこか、さらに自分たちだけができることは何か。これが明確になれば、お客様は必ず来てくれるし何度も足を運んでくれる。これをSDA(サスティナブル ディファレンシャル アドバンテージ)といい「ずっと存続する競争上の差別化」のことですが、これを確立することで同じ業界内における確固たる地位を築くことができます。
四つ目がそれらを確立させるためにいかに現在ある人を含めた資源を活かすことである「リソースユース」です。
そこで重要になってくるのが人財育成ですが、ここでも経営者がすべきことが5つあります。
1. 良い人を募集・採用する
2. 教育・訓練
3. 労務管理(働き方)
4. 評価
5. 福利厚生
「おもてなし」「サービス」の主体は人ですから、この人財育成が経営者にとって最も重要な仕事になってきます。その上で経営者に求められることというのは、その働いてくれる社員さんから信用信頼され慕われるリーダーになること、そのために自分を磨き鍛錬していくことが大事だと小田講師は最後に教えてくれました。

112年の歴史の中で培われてきた旅館としての「おもてなし」の文化と、それを再現性の高いものに作り上げた小田講師の経営者としてのレベルの高さを知ることができた貴重な例会でした。

小田禎彦講師、ありがとうございました。
また、内迫丸の記念すべき第1回目の例会にご参加頂いた皆様にも改めて感謝致します。


[講師プロフィール]
立教大学経済学部卒業後、加賀屋に入社。社長、会長を務め、2014年から相談役。
石川県観光連盟理事長、能登半島広域観光協会理事長。石川県七尾市出身、75歳。