ベストセラーよりもロングセラー

野田清紀講師が代表を務められている清月さんは野田講師の祖父である清さんが始められました。清さんは11人兄弟の長男でしたが、農家だった家を嫌って山梨から東京新宿に出てきました。
麻布の皇室御用達の和菓子屋で働き、腕を見込まれてお店の主人の娘さんと結婚、暖簾分けをさせてもらいます。そして、焼け野原になった東京から終戦の2日前に山梨に戻られ、それが現在の清月さんの始まりです。

野田講師は大学卒業後は農協で3年勤めた後に清月に入りました。その当時は菓子や菓子パンの製造卸をして山梨県下で800件ほどの得意先がありましたが、野田講師はこの得意先のほとんどが自分の代まで生き残ることは難しいと考え、卸から自主製造販売に切り替える決断をしました。野田講師は30歳の時にそれを手書きで「5カ年計画」としてまとめ、社長である父親に見せ、その半年後に社長を交代し、現在の清月を展開しました。
初めは卸のルートを残しつつ、店舗販売を始めたわけですが、いくつかお店を出したところで卸のルートも完全に終わらせ、販売だけにしました。

商品を売っていく上で大事なのは商品開発力ですが、野田講師は工場に対して「凝ったものを作ろうとするな、当たり前のものを作れ」と指示しました。それは他にはない凝ったものを作ったとしても比較対象が無いものはいずれ飽きられるが、ロールケーキや大福といった昔からあり誰もが一度は食べたことのあるものは、これまで味わったものより美味しければそれだけで売れるし売れ続けるからです。
清月さんの代表的な商品「イタリアンロール」も最初はそれほど売れず、現在のようなヒット商品になるまで7年かかりました。ただ、売れるまで改良をしながら売り続けました。
現在も毎年改良したものを作り、出来が良ければ新作を採用し、そうでなければこれまでのものを作り続けるということをしています。これも、同じロールケーキでもこれまでと大きく違うものにしてしまうと、売れるかもしれませんがこれまでと異なる商品になってしまうからです。
中小企業はベストセラーよりもロングセラーが必要だと野田講師は言います。ベストセラーは一時期大きな売上になるかもしれませんが、ロングセラーのように長くコンスタントに売れ続ける商品を作ったほうが企業の屋台骨を支えてくれるからです。

若い人たちへの思いと関わり

野田講師は子供の頃から本が好きでよく図書館へ行って本を借りて読んでいました。大人になってからふと思い立って図書館へ行ってみたところ、子供の頃に読んだ本が今もありました。当然ボロボロになっていましたが、これでは今の子供達が本を読むわけないと感じた野田講師は新しい本を購入してもらおうと寄付することにしました。地域への貢献になることですが、それ以上に今の子供達にもっと本を読んでもらって将来のなりたい自分をみつけてもらいたいという思いからのことでした。

また、地元の若い人たちを教育する場として「夢現塾」という勉強会を開催し、野田講師が教えています。これも地元の商工会で頼まれたことから始めたことですが、そのきっかけは昔賑わっていた商店街に久しぶりに行ったことでした。
ある時注文を受けてその配達に行くことになった野田講師は、そこで子供の頃によく行った商店街を久しぶりに通ることにしました。ところが、子供の頃はとても賑わっていた商店街は今やほとんどの店がシャッターをおろして、昼間だというのに歩いている人もほとんどいないという状態でした。これではいけないということで、声がかかった時すぐに知り合いのコンサルタントの先生とともに「夢現塾」を立ち上げ、3年かけて学ぶという場を作りました。現在7期生が学び、これまでに50人ほどが卒業、各企業の中核あるいは後継者となっていっているということです。これも野田講師は商店街を復活させようというのではなく、個々の企業を強くして地域の雇用を守らなければならないと考えたからでした。

若い人の教育ということについては、色々なことを教えていかなければならないと野田講師は言います。これは、最近の若い人が「わからないことがわからない」ということが多いからで、特に販売員の場合「気が利かない」人が多いと言います。中小企業には「ドラフト1位」のような人が来てくれることが無いので、基本的なことや躾から教え「気が利く」人を育てなければいけないわけです。清月さんでは従業員さんの8割が売り子で、そのほとんどが女性ですから、地域の人から「清月の売り子さんがお嫁に欲しい」と言われるようになることを目指して教えています。
時には厳しく教えることもあるということですが、そんな従業員さんの中には結婚を機に退職されても、子供ができてまた働けるようになったら復帰してくれる人もいて、野田講師はそれが何より嬉しいということでした。

また、責任(役職)と給料の差を説明する時にはわかりやすくグラフを使うということでした。縦軸に給料、横軸に責任(役職)を記し、右肩に上がっていくグラフを書きます。上の役職との給料の差は仕事に求められるものですが、役職が上がっていくにつれて求められるものが変わってきます。低い役職の場合ではその差は仕事量(個人)ですが、さらに上を目指す場合には量に加えて仕事の質(仕組みなどを造ってより大きな成果を得ること)も求められてくる。さらにトップを目指す場合には何か新しく生み出す創造力が必要になってくる。役職が上がるということは、会社の業績に対する責任(果たすべきこと)が大きく重くなっていくことがこれで一目瞭然ですし、自分が何を求められているのかもわかります。同時に上を目指すということが、付加価値の高い仕事ができる、仕事人として成長していくことであることがわかります。

このことからも、清月さんでは社名をアルファベット表記する場合「SEIGETSU」とはせず「Say gets」とし従業員さんに「有言実行」を奨励しています。さらに、ロゴマークの6つのドットが示しているのは「6K6S」という行動基準です。6Kとは行動原則であり「改革、計画、管理、教育、継続、感謝」、6Sとはサービス原則の「新鮮、創造、信頼、セーフティ、サティスファクション、スピーディー」のことです。それぞれの言葉の順番も意味があり、一番最後の「感謝」「スピーディー」はそれぞれの原則のベースであることを意味し、それを従業員さんに伝えています。

野田講師はこのマークにさらに深い意味を持たせています。それは仏教にある「六道」という世界観「天上、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄」を表し、さらにそれらすべてを輪(和)によって包めるようになることを意味しています。つまり、清月さんで作っているお菓子はすべて「和菓子」である、これは「和やかな輪の中にあるお菓子、人の心を和やかにするお菓子」であるとしています。野田講師は守り本尊(生まれ年によってある守護仏)が大日如来だということで、大日如来は天上から地蔵に姿を変えて地獄で苦しむ人を救うという話があり、そこから人を救えるようなお菓子を作りたいと考え、その思いをロゴマークにこめたということでした。

心の黒字化が本当の黒字

野田講師は奥様と2人の娘さん、そしてご両親の6人の家族ですが、この数年の間に色々なことが起こり精神的に追い込まれた時期がありました。母親の入院、父親の介護、奥様の大病、そして次女の病。とことん追い詰められた野田講師でしたが最後には笑いがこみ上げてきたと言います。悩んだり愚痴が出たりする間はまだ大したことではなく、それだけに何も変わることはありませんが、とことん追い詰められたら笑うしかなくなり同時に問題をすべて受け入れる覚悟が生まれ自分が変わっていくのだと野田講師は言います。

野田講師は以前尊敬する先輩が、障害を持って生まれた子供に対して「天が自分たち夫婦なら育てられるとして授けてくれた」と考えられたという話を聞いたことがあり、自分も苦しい状況に立たされていることに対して「天から与えられたもの」だから有り難く受け取ることができたということでした。

このことから、野田講師は経営の「黒字化」ということに対してもお金だけでなく「心の黒字化」ができているかどうかが重要だと言います。ピンチに陥って自暴自棄になるのは心が赤字化している。ピンチに立ち向かっていこうとしているのであれば心は黒字化している。だから、まずは自分の心が黒字化しているか、さらに家族の心が黒字化しているか、そして社員さんの心は黒字化しているか。関わるすべての人の心が黒字化し、その上でお金が残っていればベストだが、それが単なる黒字であるならそれは「見せかけの黒字」単にお金を集めただけに過ぎないということでした。

だからこそ、地域社会への貢献と言っても、見せかけではなくその地域を自分の足でかけまわり、お祭りや消防団への積極的な関わりがなければならないと野田講師は言います。社会貢献とは自分のできること、会社の中でできることから始めて取り組んでいくべきだということでした。

野田講師の座右の銘は「水」、入れた器の形に合わせて形を変えながらも性質は同じで、さらに料理に使って美味しく飲んだり食べたりできる、そんな誰かを生かすことができる水のような人になりたいということでした。会社も家族も長く生きていれば浮き沈みの波があるのは当たり前、でも腹をくくれば何でも出来るから苦しいときでも笑って過ごせば何でも出来る。自分が人を勇気づけられ生かされる太陽のような存在になれば、皆が自分の方を向いてくれる。だから、経営者は数字だけ見るのではなく、地元のことや社員さんの家族のことまで見ることができる、皆を生かすことができる、会社の中の太陽のような存在になって欲しいということでした。