今回の講師は青森山田高校のサッカー部監督の黒田剛(ごう)さんです。
今回はパーソナリティとして元青森テレビアナウンサーの駒井亜由美さんをお迎えして、駒井さんからの質問に答えるという形でお話をお聴きしました。
冒頭に昨年度の全国高校サッカー選手権の様子を映したビデオが流されましたが、昨年度の優勝校が青森山田高校であり、2年ぶり二度目の優勝を果たしました。
地理的ハンデが強みに
駒井 |
2年ぶりの日本一おめでとうございます。 |
黒田 |
ありがとうございます。
3年で2回と言っても、最初の優勝までに22年かかっていますから、私の中では「24年で2回」と思っています。だから、1回目の優勝の時は涙も出ず、「ついにここまで来た」という安堵感の方が大きかったのですが、今回の二度目の優勝は本当に嬉しかった。
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駒井 |
優勝できた背景はどのようなところにあるとお考えですか?
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黒田 |
昨年優勝した時のチームの3年生はやんちゃな子が多かった。
わがままであったり、負けず嫌いといった子が多かったわけですが、我々指導者側からすればそういった子たちを束ねていくというのは「腕の見せ所」でもあります。
逆にメンタリティが低かったり、勝ち気のない子が多い場合は、まず「下に入り込んで持ち上げる」という作業をしなければならないし、持ち上げてもすぐ下がってしまいます。
ですから、それぞれのベクトルの向きが違っていても、上に上がるエネルギーやパワーを持っている集団の方が、チーム作りはやり易いと思いますし、昨年はそのようなチームでした。
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駒井 |
先ほどの映像の中で気になったのが、優勝が決まった瞬間の行動がイメージとは逆だったところです。
普通は勝った方は空を見上げて嬉しさを爆発させ、負けた方が肩を落としてグラウンドに崩れ落ちる、というイメージなんですが、先ほどの映像では勝った青森山田高校の選手の方がグラウンドに跪いて、負けた方の選手が頭を抱えて空を見上げるというまるで逆の光景でした。
あれはどういうことなんでしょうか?
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黒田 |
これは私の推測なんですが、相手の高校とは昨年の決勝までに3回対戦をして引き分けを挟んで二度青森山田高校が勝っているので、相手からすれば青森山田の強さを認めリスペクトしてくれていたからこその姿だったのではないかと思います。
一方青森山田高校は2年前に優勝をしているだけにそのプレッシャーは大きかった上に、それまで負けてなかった相手との対戦ということがさらに重圧となった。そのような中での勝利だったことがあのような姿になったのではないかと思います。
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駒井 |
青森県内の連勝記録が352だということですが。
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黒田 |
2000年に入ってから負けてないことになります。でも、振り返ってみればこんなことがあったということは言えますが、これがあったから勝てた、というようなことはありません。
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駒井 |
東北の雪国に住んだことがある方はご存知かと思いますが、雪国では「根雪」といって積もった雪が溶けずに下の地面が現れない期間があり、青森ではそれが3ヶ月もあります。
グラウンドで行うサッカーのチームにとってこれはとても不利な環境だと思うのですが、その中で全国トップクラスにいるというのはどこに秘訣があるのでしょうか。
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黒田 |
以前は全国大会でも1回戦、2回戦で負けていた時があったわけですが、その頃何をやっていたかというと、屋内で練習できる環境を探し続けていた、少しでもボールに触れている時間を増やそうとしていました。そのような時は結果はついてきませんでした。
10年ほど前にテレビでプロ野球の落合博満選手のドキュメンタリー番組を見ました。そこで話されていたのが、冬場の自主トレの時期にはバットを握らないと言っていました。冬場のオフシーズンは次の1年間を怪我なくプレーできるように辛くて嫌な体力づくりのトレーニングだけをし続け、「バットが握りたくてしょうがない」と思うほどのメンタルに持っていく。すると、春を迎えグラウンドに立つときには「自分とバットの気持ちが一致」し、最高のパフォーマンスを発揮できる、さらにそれを一年を通して発揮できるだけの体力もできているということでした。
これを見てからは、サッカーだけを追い求めていたそれまでのチームではこの「雪国」に勝てないと思いました。それからは、雪がある時期でもグラウンドに出て雪の上で練習をし、体力づくりに励むようになりました。
そうしているうちに、春先から遠征に出かけ、そのとき初めてグラウンドでボールを蹴るわけですが、ものすごく成長していることに気付きます。恐らく雪のないところだと自分の成長が感じにくいと思いますが、雪の中でのトレーニング期間を持つことで、普通の環境下で自分の成長を実感できる。これは雪国の特権だと思います。そして自然に皆んながチームづくりをしていこうとベクトルを合わせていく。
チームづくりをしていく上で、どこでベクトルを合わせていくかというのがありますが、そのタイミングや進め方に対する思考を変えてから結果がついてくるようになったと思います。
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駒井 |
青森山田高校には雪国以外の地域からも来る生徒さんもいますが、彼らの雪国での成長というのは感じられるものですか。
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黒田 |
雪国以外のところから来た子たちは、最初雪を見て喜んでいますが、徐々にその大変さを知っていきます。雪かきの経験のない子はスコップの握り方も知らない、長靴も小学生以来履いたことがないという子たちですが、地元の青森っ子として雪と共に生活していくことで、自分たちは青森を代表する選手なんだという自覚が芽生えてくる。これは長い人生においても良い経験でもあると思います。
最近はそういう環境にあえて挑もうとする子たちも増えてきましたし、3年間で二度も雪国の高校が優勝したということで「雪中サッカーがしたい」という問い合わせが関東関西から多くくるようになり、これには少々困っています(笑)
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良い習慣が強いチームを作る
駒井 |
全国のトップを走る強豪校のリーダーとして必要なこととは、どのようにお考えですか。 |
黒田 |
勝ち続けてきた背景には「良い習慣」があったと思います。リーダーとして、社長として、監督として、色々トップとしての立場があり、そこには能力の違いもあれば教養知識の違いもあり経験の違いもあります。その違いはどうすることもできませんが、「習慣」を変えることは誰にでもできることです。
負けない、絶対勝つための習慣とはどういうものなのかということ自分の中で確立させ、それを意識して日々繰り返し取り組みながら無意識で取り組めるようになるという習慣づくりをしていくことが大切です。
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駒井 |
監督ご自身の良い習慣、どのようなものがありますか。
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黒田 |
チームとしてやっていることというのは、朝練から始まり、服装や頭髪などの身嗜み、携帯電話の使用時間や挨拶、礼儀、モラル、マナーすべてにおいてスポーツマンとして、選手として、そういったところから日本一になっていかないと、競技で勝っても何にもならないというところから習慣作りが始まっていきます。
中高合わせてサッカー部には300人の生徒がいて、指導者は11名ですから全員を見渡すことはできません。だから「一人一人が監督やコーチの目を持て」ということを一番言っています。お互いが注意をしあえる、「お前それは許されないよね」といった仲間同士で指摘しあえるという習慣を作っていくことが大切だと思います。
みんな勝ちたいと思ってその組織に入ってきているわけですから、一人としてそういったことを怠る者がいては良い組織にはならないので自分たちで改善しあえるようになろうと言っています。同時に人に言う以上は自分もしっかりやらなければいけないという責任も生じてくるので敢えて口に出して言えるようにしています。そこに当然わだかまりやストレスが生じることはありますが、それよりもチームの勝利、組織が勝つことを優先させるために取り組んでいます。
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駒井 |
監督が就任された25年前というのは、今と比べてどのような学校だったのでしょうか。
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黒田 |
強豪校ではまったくなく、県のベスト8・16止まりの「勝っていないチーム」でした。
それどころか、当時はまだ部員が30人にも満たない人数でしたが、彼ら全員がいわゆる「不良」と言われる行動をしていました。それでも受け入れるしかないと考えて取り組んできました。
今では「勝つための習慣」が身につき、例えば選手権で勝ち進んでいくと試合後にそれぞれの携帯に家族などからメッセージが入ってくるのですが、午後8時半には明日に備えて携帯を回収するという習慣があります。体を休める時間を使ってメッセージを返したり、次の試合のことをあれこれ考えてしまったりするのを防ぐための習慣です。些細なことかもしれませんが、このほんの僅かな行動の差が試合に現れてくる、勝敗を分ける、彼らはそれを知っているからこそ「勝つために」妥協は一切しない。そういった行動や判断が彼らのその意志の中から自然と出てくるというところが今のチームの強みだと思います。
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駒井 |
青森山田高校の生徒さんは入学してすぐにその習慣を身につけるのでしょうか。
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黒田 |
ルールはありますが、挨拶しろ、あれやれこれやれといった強要する類のものはありません。
我々は挨拶なら「挨拶をする意味」を教えるだけですし、彼らもそれをする意味を理解すれば苦にならず「やらされている」意識も持たずに笑顔で挨拶できるようになります。
例えば、学校のグラウンドに来た人を見つけると選手たちは皆んな元気よく挨拶をします。それは学校のグラウンドに自分たちにとって関係のない人はくることはない、監督や先生方に会いに来た人は監督たちがお世話になっている人であり、ひいては自分たちもお世話になっている人だという理解ができるようになること。このように考えさせて、意味を理解した上で自然と行動できるようになることが学校の教育方針でもあります。
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駒井 |
就任されてから5年間は伸び悩んだとお聞きしていますが、監督ご自身の指導方法などに迷いなどは起こりませんでしたか。
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黒田 |
経験がない、実績がないという中で子供たちも不安なまま入ってくるわけですから、迷いしかありませんでした。
ただ、就任一年目でたまたま県大会で優勝して全国大会に行くことができました。全国大会では初戦で敗れましたが全国を経験することができた。でも、翌年の県大会では準決勝で敗退しました。たまたま優勝した前年から現実をつきつけられたような結果が本当に悔しくて、負けず嫌いの性格もあって朝まで泣き続けました。
でもこの一度の敗戦が心に火をつけてくれました。その結果その翌年から青森県内での連勝記録が今まで続いています。
先輩の指導者の教えを聞き、良い習慣を取り入れるという指導を頑なに貫いてきました。私の目から見て他のチームはそれが出来ていなかったからです。グラウンドに行ってもバッグが揃っていない、靴が並んでいない、挨拶もまばら、試合が終わったら彼女と手を繋いで帰っている子もいた。それを見て、こういうところからしっかりやろうと決意しました。
すると、ここまでやってきたのだからここで負けるわけにはいかない、というチームの団結力が生まれてくる、率先して行動するリーダーも生まれてくる。とにかく絶対に負けられないという、メンタルが強くなってくる。そういうサッカー以外のところで鍛えられたことが強くなった理由ではないかと思います。
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駒井 |
技術とメンタルが繋がっていると感じられるところはありますか。
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黒田 |
スポーツは「心技体」と言いますが、よく「心」が何パーセントで「技」が何パーセントなんだろうと考えます。私が思うのは、優先度はこの文字の並び順の通りではないかということです。
メンタルつまり「心」が50~60%を占めるのではないかと思います。その次に技術があって、大力については20%ぐらいではないでしょうか。「心」が無いと何も出来ないと思います。
最近では根性やメンタルが大切だというと「時代遅れ」だという人もいるかもしれませんが、これまで学校を卒業してJリーグで活躍している選手たちを見ると、やはりここが一番優れていました。彼らに共通していたのは人一倍努力し、負けん気があり、それでいて人の話に耳を傾ける素直さがありました。
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駒井 |
すべての生徒さんがそうではないと思いますが、そういった監督からのメッセージが伝わらない生徒さんたちへはどのようにして伝えられますか。
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黒田 |
「伝わらない」時代も経験していますので、リーダーとして指導者として一番大切なのは「伝え方」だと思っています。伝わらなければ何の意味もない、ということをつくづく経験してきました。だからこそ、計り知れないほどの時間を費やして「伝える」ということを研究してきました。
まず、自分の視点での「伝える」ということ、例えば「いつも言ってるだろう」とか「この間やっただろう」ということが、如何に自己満足であるということに気づかされました。ですから、指導者の評価というのは、選手たちに伝えて、選手たちがどう実践したのかという「実践値」で決まります。つまり、選手たちが何も実践をしなければ、指導者は何もしなかったのと同じだということです。
ここに拘るようになってからは、とにかく「伝え方」、それには「タイミング」もありますし、伝える時の「声のトーン」、「表情」、さらには話し始める「冒頭の言葉」というのも考えます。選手たちの耳を傾けさせるにはどうすれば良いのか、何が一番良いのかを研究するようになりました。これが我々指導者がまず取り組まなければならないキーポイントだと思います。
もう一つは、指導者だけが理解できていない選手に対して伝えようとするのではなく、チームの他のメンバーからも間違っていることを指摘しあえる、そういうチーム、空気感を作っていくことです。指導者からだけだと反発をする選手も、仲間の皆んなからも同じように指摘を受ける、つまり自分の行動が仲間からも受け入れられていない、孤立していることがわかれば、それは一番のストレスになりますから自分の行動が間違っていることを理解しやすい。
このように、指導者としてやるべきことと、チーム内でやるべきこと、そういったシチュエーションを作っていくというのは、理解できていない子たちに理解させるためには有効なアプローチではないかと思います。
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組織と人材育成
駒井 |
相手に応じて、相手の立場に立って指導することが大切だということですが、例えばこの会場にいらっしゃる方の中には経営者の方もいればそうでない方もいるかと思うのですが、経営者でなくても経営者の気持ちになって考えることが大切だということでしょうか。
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黒田 |
企業であれば最初に立ち上げた初代がいて、それを引き継ぐ二代目、三代目という人がいるわけですが、この初代の「産みの苦しみ」を理解できなければうまく引き継いでいくことはできません。全財産をかけて、命をかけて事業を立ち上げ取り組んできた人とそうでない人というのは大きな差があり、マネジメントしていく上での気づきや対応力のレベルが違います。だから、自分には能力がある、先代のやり方は時代遅れだから先代を無視して自分のやり方でやろうとするとまずうまく行きません。
例えば高校サッカーでも同じようなことがあり、ある県では20年間同じ高校が県の代表となっていましたが指導者が変わったらその年から代表になれなくなった、ということがあります。勝ち続けていた高校のコーチだからと言って、監督が務まるわけではありません。産みの苦しみを経て培った感性や感覚というのは、ほんの些細な変化でも気づき、あらゆる角度からの細かいアプローチをしてきています。それも人が見ていないところでやっていますから、表向きのことしか見えていない人にはそういうことができない。
僅かでも横道にそれた時に軌道修正をするという感覚感性と修正のテクニックが無かったらいけませんが、まずその僅かな「違和感」に気づくことができなければ、気づいた時には大きく道を外れてしまっていて、組織として機能することはありません。
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駒井 |
現在中学高校あわせてサッカー部員が300人いることから、敢えて一人一人を見ないということでしたがそれはどのような理由からでしょうか。
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黒田 |
300人もいれば監督一人が全員を見ることはできません。チームは中学と高校というカテゴリーにわかれ、さらにレベルに応じてA~Dにわけて指導をしています。それぞれにコーチがいるので、それぞれのカテゴリーのメンバーはそこのコーチに認められるために頑張るようにします。つまり総合監督である私がA以外のところに威厳を示すために降りて行って指導することはありません。合わせて11人のコーチが私をトップとして組織になっていますから、これを崩すようなことはしません。ただ、上から順に下位のチームへ「引き上げることができる」片手ほどの力をかける、梯子をかけるようなことはします。
それぞれの立場のスタッフがそれぞれの現場で「やりがい」を感じられなければいけません。だから上の者が下の現場に行ったり口出しするのではなく、スタッフミーティングをしっかり行って、トップの方針を伝えながら選手たちへのアプローチについて確認し、それぞれが現場で指導していきます。だからトップは常に俯瞰的に全体を見て、良い意味でのピラミッドを構築していくことが成功する秘訣ではないかと思います。
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駒井 |
ピラミッドを構築するためにミーティングを行う、ということが述べられましたが、それ以外ではピラミッド構築のためにどのようなことをされていますか。
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黒田 |
ピラミッドというのは組織だけでなく、選手育成でもありますが、下へいくほど人数が多くなり、ここは常に競争が行われており、競争をけしかけます。
指導者同士の入れ替えも常に行いますが、それが指導者の競争心をかき立て、モチベーションアップにもつながっていきます。そういった競争というのは指導者の心に火をつけ、組織全体に緊張感をもたらします。
選手育成におけるピラミッドでは、例えば現在プロとしてスペインリーグで頑張っている柴崎岳(2011年卒)という選手がいます。彼が小学生の頃に声をかけて中学から青森山田でプレーした選手ですが、彼は当時からボールを直接見ずに間接視野で捉えることで、ピッチの情報を360度把握しながらプレーできるという選手でした。ただ、彼は高い身体能力を持っていたわけではありません。走らない、守備しない、ヘディングを競らない、左足では蹴れない、ほとんど喋らない、という子でした。でも周りを見ながらプレーできるという能力を持ち、そして努力家でした。
できないことは沢山ありましたが、人一倍の努力で一つ一つを克服し、ピラミッドを構築していきました。左足でのプレーや体力、そして人の話を聞く素直さなど、スキルというブロックを一つ一つの横に並べて行って積み上げ、高みを目指してプロになり、今は日本代表としてワールドカップという頂点を目指して積み上げています。
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駒井 |
柴崎選手のような人財は社会でも広く求められますが、そういった人財の育成の秘訣というのはどういったところになるのでしょうか。
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黒田 |
究極のスキルというのは「性格」だと思っています。
これは技術でも体力でも勤勉でもなく、持って生まれた性格と幼少期の親との関わりの中で育まれた性格。欲する前に与えられてきた子供は欲することができませんし意思表示ができない。逆に、常に色んなものに制限されながら、自分で欲しいというまでは与えられなかったり、自分で掴み取ることを教えられてきた子供はハングリー精神がある。
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駒井 |
そのような性格が育まれてこなかった子供を変えさせる術はあるものでしょうか。
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黒田 |
中学からだと高校までの6年間で、ある程度のことは変えることができます。サッカーで勝つという大きな目標があるので、それを上手く材料として組織の中で変えられることはあると思います。ただ、問題はそこで変わっても、卒業して就職した後、社会に出てからは元の性格が出てきてしまうことです。私が見ている間は良いのですが、社会に出てからは自律して、自分の考えで判断していかなければいけない。性格を変えるということは思考を変えることですけれども、思考を変えさせることはできても性格を変えさせることは難しい。ですから、無口だけど黙々と努力ができる子、逆に話すことはできるけれども大してチームに貢献しない子、それぞれの無いものを監督が上手く刺激を与えることで、勝てるチームを作っていけば良い。実際、大学やプロに行ってからダメになった子もいます。でも、AチームであろうとBチームであろうと、就職試験の時に監督から教わったことが本当に活きてます、社会から会社の社長からも同じことを求められています、と言ってきてくれる子もいます。だから、サッカーを通じた組織でのマネジメントや教育というのは社会に出てからも通用すると感じています。
このことからも、学歴というのは就職するまでは「良い人材がいるだろう」と捉えられますが、就職してからは関係ありません。それよりも勝気な心を持って、常に提案したり、問題が起こっても解決できる力が求められます。そういったものを育むためには、結果が良かったから褒めるのではなく、「今ここ」で良い判断をした、良い行動をした時に親を含めてその子にアプローチしてあげることです。「良い判断をしたね」「よくそれを思いついたね」と言ってあげることが大切です。
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駒井 |
以前監督が話されていた「価値ある挫折が大切」ということを教えてください。
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黒田 |
勝つに越したことはありませんが、負けることを怖がって一歩踏み出さないより、若い時は犠牲心をもってチャレンジしていくことが重要です。4,200校もサッカーチームがあるので、色々な監督がいます。そこで目につくのは、その監督の「器」の違いです。一からチームを作り上げてきて、失敗を重ね挫折を経験してきた監督というのは、色々な逆境においても対応できます。それはメンタルもそうですが、その時に必要な「打つ手」を知っています。
リスクばかりを考えて何もしてこなかった、あるいは誰かが責任を取ってくれた、という人は器を広げることができないので、苦難や問題に直面した時に手を打つ、策を講じるという「器用さ」がありません。サッカーというのは咄嗟の判断をして、分刻みで手を打って行動していかなければなりません。それはノウハウや経験値がなければできません。「買ってでも苦労はしろ」という通りで、そうしないと自分のキャパシティは広がっていかないということです。
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リーダーのあるべき姿
駒井 |
指導者、リーダーとしての「あるべき姿」をどのようにお考えでしょうか。
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黒田 |
組織においてトップであれば、「この人なら何かをしてくれるだろう」「この人に付いていけば自分は変われるだろう、結果が出るだろう」あるいは「結果が出なくても悔いはない」と思える人物であること。勝っても負けても部員や会社であれば社員にしっかり寄り添っていけば、離れていくことはないと思います。リーダーとして必要なことは、仲間を思いやり、寄り添っていく気持ちが重要です。偉くなったからといって、色んなものを雑に扱う、いい加減に蔑ろに扱っていくようなリーダーだと良いチームや組織はできません。
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駒井 |
そこには分析力や感性も必要だと思うのですが如何でしょう?
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黒田 |
分析力というのはある程度経験の中でポイントを掴むようになればできるようになります。ただ、感性というのは難しい。気づかないものは気づかない。よく「後釜となるコーチを育てろ」と言われますが、無理です。
目の前に鉛筆が落ちた、ボールが転がっている、グラウンドの木の枝が折れそうだ、何を見ていても何を感じるかは人それぞれです。それぞれの状況において自分は何を思って選手たちにどのようにアプローチし、どう説明し、この状況が良いのか悪いのかを考えさせようにも、まず自分が気づかなければ与えることはできません。講習やビジネススクールに行って良い言葉だけを並べても、自分に感覚感性が無ければ根本的なところを見落としてしまいます。感性を磨くためには、日頃から色んなものに興味・好奇心を持ち、色んなクエスチョンを持って生きていくことです。
指導者も会社の社長も仕事は「考えること」です。考えていない時間は無いのではないでしょうか。これが責任ある者と無い者の大きな違いです。常に何かを変えようとする、変化を求める、常に成長させたいと思う、業績をあげたいと思う。どんなところでもトップというのは毎日寝る暇も惜しんで考えていますし、寝ようと思っても頭に何か浮かんでくる。これが責任ある者の生き様だと思います。
これまで出会った「勝負師」と言われる監督というのは、常に何からでも吸収しようとするし、常に指導のためのネタを探しています。若い人の話からでもサッカーに結びつけられればいいわけです。そういう方と一緒に食事をすると、割り箸の袋にもびっしりとメモをしています。勝負師というのはこのように常に勝つためにアンテナを張っている、そういう感覚を持っている人です。
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駒井 |
黒田監督もそういった方達からお話を聴くことでアップデートしているのですか
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黒田 |
そういった先輩方が高齢になって一線を退いているので、最近は若いコーチたちと一緒に食事をしたりして、若い人の考え方や感性というものを掴んだり、学ぼうとしています。
時には先輩方のところに出向いて行って話を聴きに行きます。全国優勝した時には、それ以前に3人の全国優勝を経験している指導者のところに話を聴きにいきました。でも3人とも全く異なる話をしていました。ですから、アプローチの方法はそれぞれで良いわけです。どこに信念を置いて、どこにアプローチしていくか、その選手、組織にはそれぞれの方法があるので、それを如何に早く察知して対応していくことが重要です。
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駒井 |
リーダーは作業職ではなく、改革職だとも話されていますが、どういうことでしょうか
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黒田 |
現在青森山田中学校の副校長に就任していますが、それまで3年間同校の教頭をしていました。教頭になった時、現場を離れて担任も授業もなくなったのですが、理事長から学校の組織改革を命じられました。
改革というのは、現在の状況が良くないから改善させるということであり、そこには責任が伴います。役職がつくと報酬も上がって行きますが、それはその責任の代償でもあり、その責任とは改革のために言いたくないことでも言わないといけない「嫌われ者」になる、それによる「わだかまり」や生じる「ストレス」を受けることでもあります。言い換えれば、高い報酬を受け取っても改革ができなければ、その責任を果たせないのであれば、それは返上した方がいい。反対意見は必ず出ます。それを如何に説得したり理解させたり、集団に巻き込みながら、相手の良いところを生かしながら組織を作っていかなければいけません。
また、改革には必ずリスクが生じます。何か新しいものを産み出そうとした場合、それが100として50はリスクマネジメントに時間を割かなければなりません。良いことだけ100進めることはできません。つまり、100進めようとしても50しか進まないし、さらにその内の25はやはりリスクマネジメントです。これが「一歩一歩進む」ということです。このようにトップも含めた管理職という者の仕事は常に考えて行動し「一歩ずつ」前に進めていくことです。だから、作業を評価されて管理職になっても作業しかできなければ役職は務まりません。これは役職者の仕事として組織で理解しておかなければいけないことですし、役職者を任命する人はそのことを一番わかっていないといけません。全員が改革職でも、全員が作業職でも組織は回りませんから、そのバランスを見極め、最適な配置を行っていくのがトップの腕の見せ所だと思います。
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駒井 |
監督ご自身が改革職としてご苦労されたことはありましたか。
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黒田 |
言いましたように、嫌われたくないけど嫌われ者にならないといけないというのは辛いですが、それ以上に今難しいと思うのが「何をモチベーションに組織改革していくか」ということです。サッカーでは勝つことによって「感動」や「達成感」が得られるわけですが、今の若い人たちはそれをあまり求めない。今の仕事は給料は良いいし休みも欲しい、だから感動なんて無くていい、達成感なんて無くていい、という人が多い。最近の「働き方改革」によって苦労されている社長さんも多いと思います。
そのような中で私が考える感動よりも人の心動かすものというのは「悲劇」だと思います。感動というのは自分が生きていく中でプラスに作用していく感情ですが、悲劇というのは現時点からマイナスになるものです。プラスは「現状維持」の感情からそれほど変わりませんが、マイナスというのは「お金が減る」「病気になる」など自分の今の生活から何かを「奪われる」ということですから人の心を大きく揺さぶります。選手たちとミーティングする時、大きな夢物語を話すというよりも負けた時の「悲劇」を伝えていったほうが心を動かしやすい、というのは長年の経験の中で理解しました。これをやれば休みが現在の10日から15日に増えると言っても、現在のままの10日で良いですという人でも、今これをやらないと、10日の休みが5日に減る可能性があるとわかったら、やらないと不味いなと思うわけです。悲劇、危機感というのを感じられるよう上手くマネジメントしていくというのが今の時代は求められていると思います。
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駒井 |
サッカー部の監督もサービス業だと仰ってましたが、それもあるべき姿の一つだということでしょうか
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駒井 |
学生時代はファミリーレストランでアルバイトをしていましたが、サービス業が好きだったものですから、サッカーやめてホテル業界に就職もしました。人に何かを提供して喜んでもらうことが大好きでした。それが教員であったり、サッカー部の監督という中でもリンクしているところがあります。でも、それは何かを与えるということではなく、教育者としての究極のサービスは「将来役に立つスキルを身につけさせること」だと思います。だからこそ、今感謝されなくても良い、5年後10年後「あの時の教えが今の自分の励みになっている」とされることが何よりであり、それこそが究極のサービスだと思います。
人生は長いですから、高校サッカーが終わっても18歳、大学で終わっても22歳、その後の50年60年をどう生きていくのか、何を頼りに生きていけばいいのか、その時に素晴らしい判断ができた方が良いわけです。わだかまりを回避し彼らが喜ぶような言葉をかけたり、感謝されるようなことが今成立してしまえばそれはサービスということにはならない。将来に向けて教えを、導きを与えていくことこそがサービスだと思います。サッカーの指導を通して将来希望を持って我慢強くどんな逆境にも耐え抜いていけるメンタリティーを育んでいけるように、今は割り切って心を鬼にし、我慢や辛抱もさせ許される範囲の理不尽なことも要求しています。
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駒井 |
最後にご参加の皆様にメッセージをお願いします。
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黒田 |
今回私も勉強のために参加をさせてもらいました。ここでお話ししたことがすべて正解ではありませんし、これをやれば勝てるというものではありません。ただ、それぞれの立場において少しでも役に立てれば幸いですし、それぞれの感性を発揮して成長していける素晴らしい会社組織を作っていって頂ければと思います。
本日はありがとうございました。
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講師プロフィール
1970年、北海道札幌市生まれ。青森山田高校サッカー部監督。
登別大谷高校(現・北海道大谷室蘭高校)、大阪体育大学体育学部卒業後、ホテルマン、公立高校教諭の経験を経て、94年に青森山田高校サッカー部コーチ、翌年、監督に就任。
監督22年目(2016年現在)で31人のJリーガーを輩出。
青森県内公式戦(高校総体、選手権、新人戦)320連勝中(2016年11月現在)。全国高校総合体育大会サッカー競技、17年連続出場中(2016年現在)
『勝ち続ける組織の作り方 青森山田高校サッカー部の名将が明かす指導・教育・育成・改革論』より