今回は国の目標として掲げられた「カーボンニュートラル」について、まだあまり馴染みのないことかもしれませんが今後確実にあらゆる事業において影響してくるものとして、専門家である会員の伊藤智教さんから教えてもらいました。
カーボンニュートラルはなぜ必要なのか
カーボンニュートラルとは温室効果ガス(CO2、メタン、一酸化二窒素、HFC、PFC、6フッ化硫黄)を実質ゼロにするということです。
「実質ゼロ」とは、「排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにする」ことを意味します。
つまり、排出を完全にゼロに抑えることは現実的に難しいため、排出せざるを得なかったぶんについては同じ量を「吸収」または「除去」あるいは「排出する権利」を買って埋め合わせすることで、差し引きゼロ、実質ゼロ(ニュートラル:中立)を目指すということです。
これは、これからの地球環境を維持させるため技術的に可能な削減のための努力をすることであり、採算が合う合わない、あるいは投資回収の話ではないということに注意しなければならないと伊藤講師は言います。
カーボンニュートラルはなぜ必要なのか、ということについては様々な意見がありますが、今年の秋に開かれたCOP26(国連気候変動枠組み条約締約国会議)においてはIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)が報告する情報を基に話し合われており、そこで報告された「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」というデータを基にした内容からその必要性が認められているのです。
その一部のデータ(世界平均気温の変化を表したグラフ)からは、2000年前後から急激に気温が上昇しており、さらにそれが自然起源によるものではなく人為的起源によるものであることがわかります。
また、世界気象機構が発表したものでは、1981年から2010年の平均気温と2019年の平均気温の差を表しており、世界的に上昇していますが特に北極圏においては10℃も高くなっていることがわかります。
同様に日本においても全国どの地域においても平均気温は上昇しています。
そしてこの気温の上昇が影響を与えていることとして、一つは「大雨による洪水被害」もう一つは「雪が少なくなったことによる農作物への水不足」だといい、つまり気温上昇によって私たちは水害及び水不足による食糧危機に直面しているということでした。
次にこのカーボンニュートラルが会社や個人にどのように関係してくるのかを説明してもらいました。
まず会社にとっては、先述の通り気候変動が豪雨の激化や台風の巨大化を引き起こすことによって食糧をはじめとする資源や原料の調達不能を引き起こし、それによって需要の劇的変化(価格の高騰、奪い合い)を引き起こします。それが結果として会社の持続化に対する脅威となるということです。
個人にとっても食料や資源の不足は日常生活に支障をきたし、会社が持続できないことは収入源が持続できなくなることを意味しています。つまりこれは個人にとっても生活持続化に対する脅威になります。
このことから、カーボンニュートラルは人類にとって必要な取り組みであり、そのための投資やコストは必要だということがわかりました。
さらに、ほとんどの会社は今後この「持続化」を目的とした社会全体の取り組みに巻き込まれるということでした。
すべては持続化のため
近年多くの企業や様々な場面で見られる「SDG’s:Sustainable Development Goals」ですが、これは持続可能な発展目標(注1)のことで持続可能な社会の発展に向けての目標を国連がまとめたものです。
このSDG’sに似た言葉に「ESG」というのがあり、これは環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取って作られた言葉で、この三つの観点から企業を分析して投資の指標に用いるため近年作られたものです。
従来、企業価値を測る方法は業績や財務状況の分析が主流でしたが、企業の安定的かつ長期的な成長つまり「持続可能性」は、環境や社会問題への取り組み、ガバナンスが少なからず影響しているという考えが広まり、いわゆる「ESG投資」が世界的な潮流となっています。
現状の財務状況だけでは見えにくい将来の企業価値を見通す上で、ESGの重要性が認識されているのです。
投資対象である上場企業にとっては環境や社会問題への取り組みは今や必須であり、定められた基準「Scope」をクリアしていなければいけないのです。
この「Scope」は1から3の3つで構成されており、Scope1は「企業による直接排出量」、Scope2は「エネルギー利用に伴う間接排出量」、Scope3は「その他間接排出量」を指し、具体的には自社が購入した物品の製造時の温室効果ガス排出量や、消費者による自社製品使用時の温室効果ガス排出量などがあります。
わかりやすく言うとScope3には「仕入れたもの」に対する基準値まで決められているということです。
つまり、ESG投資の対象となる企業との取引をしている会社は、近年確実にこのScope3に則って温室効果ガス排出量についての問い合わせ、あるいはそれが取引条件として突きつけられることになるということです。
そして既にこの取り組みは大手上場企業だけに課されるものではなくなり、金融機関でも「持続可能性」が融資や金利の基準となっており、ほとんどの会社が「持続可能性」に向けた具体的な取り組み(温室効果ガス削減)をしていくことを求められることになるということです。
これは、これまでの競争条件に「温室効果ガス削減」が加わったことを意味すると伊藤講師は言います。
これまでは品質や価格や対応などで取引が決められていましたが、今後はそこに「温室効果ガス削減」が加わってその削減量で淘汰されることになるということなのです。
繰り返しになりますが、これは企業間取引だけではなく小売や飲食店など個人消費者相手のところでもこの取り組みが選択基準になります。
現在既にこの取り組みに敏感な消費者が3割いるとされており、つまりそれは現在既に取り組んでいる大手企業や関連する企業に勤めている人たちだということなのです。
しかし、伊藤講師が言うのは「いずれ訪れるその時までに準備をしておけ」という危機管理のことではなく、社会全体で取り組むこと、つまり社会構造自体が変わることであるので自社の戦略として捉えて考えることが重要だということでした。
注1)広く開発目標とされていますがDevelopmentは発展の意味もあり、伊藤講師より日本以外では発展目標としているとのこと
カーボンニュートラルで生まれる成長戦略
カーボンニュートラルを実現させるための手段は次の4つになります。
1.下げる:省エネルギー
2.変える:再生可能エネルギーへの転換
3.創 る:再生可能エネルギーの自家使用
4.買 う:環境価値証書によるオフセット(権利を買うことで相殺)
冒頭でも説明があった通り、カーボンニュートラルは採算が合う合わない、あるいは投資回収の話ではありません。言い換えればこの取り組みはコスト削減でも収益事業でもないということ。
でもカーボンニュートラルを実現するためには必ず投資が必要でコストもかかります。
なぜなら、カーボンニュートラル実現のためには技術的なアプローチが不可欠かつそれでも無理な部分は権利を買う必要あるので、4つの手段のいずれもコストがかかる上に収益につながらない投資となるからです。
だからこそ、実現のためには取り組みが企業にとっての成長戦略となっていなければならず、そうでなければ確実に企業は倒れてしまうことになると伊藤講師は言います。
ただ、カーボンニュートラルは社会全体で取り組むものであり、大手企業においてはすでにESGという投融資基準があって取り組み始めています。
身近なところで言えば、スーパーに陳列される商品もこれからはどんどんその取り組みによるものが優先的に並び出してきますし、様々なメーカーが取り組んでいることをアピールしていきます。つまり簡単に言えば大手企業の関心ごとは評価対象であるGHG(温室効果ガス)を下げることであり、要求(下がるなら欲しい)が明確なわけですから、カーボンニュートラル実現のための取り組みは早ければ早いほど企業にとっての「強み」となり、既存顧客の維持だけでなく新規顧客の獲得も可能だということです。
では、具体的にはどのような取り組みが考えられるでしょうか。
伊藤講師は3つの取り組み事例を挙げてくれました。
・照明のLED化によりCO2排出量 従来比▲70%
・効率的な空調の採用でCO2排出量 従来比▲40%
・梱包資材の改良でCO2排出量 従来比▲50%
重要なのはまずCO2排出量を算定することであり、次に計画(何で下げるのか)、そして実施して従来比を明らかにすることです。
上の2つは省エネでコスト削減にもつながり、3つ目は梱包を簡素化することでCO2排出量を下げることができます。
梱包自体もブランドだという場合は、再生紙よりも自然由来原料の用紙(石の紙など)を使用することで排出量は下げられます。
また、これは国を挙げての取り組みですから、各自治体においても独自の環境保全活動をしており、参加者を募っていますから、企業単位でそういった取り組みに参加することで企業としての取り組み姿勢をアピールすることができます。
これらの取り組みをアピールしていくことでそれを意識している、探しているという企業や消費者から支持されるのです。
カーボンニュートラル実現のためとして収益につながらないことを一生懸命取り組むのではなく、その取り組みが企業の成長につながるようにしていくのが成長戦略であり、成長戦略なくしてカーボンニュートラルの実現はないと伊藤講師は言います。
現在はまだ大手企業でも何をすべきかが定まっていないところが多く、また取り組み始めている企業の多くはどうすれば下げられるのかという段階で止まっているということです。
大手企業はサスティナブルに関連した部署は営業とは別に設置しており、全く別の目的で活動しています。つまり大手企業ですらカーボンニュートラルを成長戦略として捉えていないのです。
そのような中でカーボンニュートラルに向けた大胆な取り組みをすれば、それは非常に注目度の高いものとして取り上げられ、取り組みそのものが宣伝効果の高いものとなります。
それだけに他がまだ取り組んでいないようなことであれば、思い切って費用をかけてでも一番最初に取り組むべきだと伊藤講師は言います。
トップバッターは注目度も高いので、投資回収は短期間で済みますが、二番煎じ、三番煎じになると投資回収の期間は長くなっていくからです。
また、伊藤講師は最近このカーボンニュートラルについての新聞記事等で「エンゲージメント」という言葉が頻繁に出てくると言います。
それはESG投資における企業の取り組みが投資家のエンゲージメントに与える影響だけでなく、従業員のエンゲージメントにも大きな影響を与えるからだということです。
エンゲージメントは似た言葉の「ロイヤルティ」が示す従業員と企業の上下の関係性(忠誠心)とは異なり、企業と従業員が双方向の関与によって結びつきを強めていくというものです。
さらにエンゲージメントの高い企業ほど労働生産性が高く、営業利益率も高いことがわかっています。
SNSによる交流が身近になった現在は、特に若年層ほど仕事や企業に対して「何ができるのか」あるいは「どんな役に立つのか」ということに重きを置いていると言われ、企業における環境問題への取り組みはそこで働く人にとって大きな関心事であり、エンゲージメントに大きな影響を与えるということです。
つまりカーボンニュートラルに向けての取り組みをすることでエンゲージメントを高めるということも、とても重要な成長戦略の一つであるということでした。
最後に伊藤講師は、カーボンニュートラルについてまずは正しい知識を持ち、その実現のためには成長戦略が不可欠であるということ、カーボンニュートラルの取り組みが新しい機会を生み出しこれからの企業の成長戦略の鍵を握っているということを伝えてくれました。
伊藤智教講師、貴重なお話をありがとうございました。
また、参加いただいた皆様にも改めて感謝申し上げます。