今回は担当委員会の委員長がリアルでの開催を希望し、コロナが落ち着くまで2年も待って実現したというほど期待の講師です。

株式会社日本レーザーの代表取締役会長 近藤宣之さんは元々は日本電子株式会社という上場企業に勤め、50歳の最年少役員であった時に100%子会社である日本レーザーに出向し社長に就任されました。1994年当時、日本レーザーは破綻寸前の状態でした。
日本レーザーは今回のテーマにある近年新しい組織のあり方として提唱されている「ティール組織」の日本版だと言われ、各方面から注目されています。

このティール組織とはベストセラーとなっている『ティール組織』(フレデリック・ラルー著、英治出版)で提唱されたもので、「階層に頼らず、仲間との関係性で動く自主経営」「各メンバーが個人として全人格で仕事に向き合う全体性」「組織それ自体が生命と方向性を持っている存在目的」が特徴とされ、「進化型組織」と呼ばれています。
なぜ日本レーザーが「日本版ティール組織」だと言われるのかは、近藤講師が破綻寸前の会社で行った改革、その過程を見ることでわかってくるということでした。

負けに不思議なし

近藤講師が日本レーザーに出向し社長に就く前に4人の社長がいました。
直前の社長の時にバブルが崩壊し、5年任期のうち3年間で赤字となり債務超過に陥りました。
当時の銀行からは見放され破綻寸前であったわけですが、近藤講師は親会社から1億の借金をして30人ほどいた社員さんと共に再建に取り組みました。
結果として日本レーザーは見事再建できたわけですが、この時を振り返って近藤講師はプロ野球の故野村克也さんの言葉を借りてこう述べられました、『負けに不思議なし』。

これは『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』という言葉で、勝負は時の運といえども普段の準備や行いが結果を左右するので、うまくいかなった時は必ず原因が自らの普段の行動、準備不足にある、という意味です。
当時の日本レーザーもバブル経済が崩壊したことから、経営不振の原因を外部環境のせいにする「他責」の態度が蔓延していました。
しかし、近藤講師が見たところ原因は環境変化に適応できなかったことで顧客を失っていたり、危機感が希薄で対策をズルズルと先送りにしてきたこと、さらには放漫経営と言わざるを得ない取り組み方によって内部崩壊を招いた、など“身から出た錆”であることは明らかでした。

現在のコロナのような感染症の蔓延や地震などの天災などもこれまで無かったわけではなく、過去に起こったものなら予測がつくものなので、それを不振の理由にすべきではない。逆にそのような状況下でもうまくいっているところと比較して「ビジネスモデルが違うから」などと考えるのも同じで、危機感の欠如による自らの不備を認めていない。
うまくいかない理由を外部に求めるときりがなく、経営不振に陥っている会社の多くはうまくいかない理由や原因を外部に求める他責の体質を少なからず持っていると近藤講師は言います。

バブル崩壊後で破綻寸前の日本レーザーに入り1年で黒字化した近藤講師ですが、その後の30年間「失われた30年」などと言われる中ずっと黒字経営であるにも関わらず、順調にこれたのは運が良かったからだと言います。
日本レーザーは海外製品を輸入し販売する商社ですが、売上の推移を見ると上下の幅が15億円ほどもあり、それを繰り返していることがわかります。
これは為替変動による急速なコストアップやM&Aで突然商権を失う、あるいは売れなければ取引を切られ、売れるとメーカーが代理店を挟まずに直接販売する、などいわゆる「構造不況」を抱えた業界であることが原因で、経営の舵取りが非常に難しい業界です。

そのような経営環境下にある日本レーザーを30年間黒字、人員は2倍、生産性は3倍にもさせた近藤講師はその要因を「運が良かった」と言い、その経営手法を真似れば同じように環境に対応して30年黒字経営ができるかもしれない、とあくまで謙虚に話を進めてくれました。

事前の一策

このコロナ禍にあっても3年連続増収増益を果たし会社史上最高額を記録した日本レーザーですが、3年間で実行した経営革新について具体的にあげてもらいました。
その中でも特に注目すべき点は、コロナ前に取り組んだことが「功を奏した」というものです。

一つが在宅勤務で、コロナになった20年3月以降はパートさんも含めて全社員を在宅勤務にし、22年9月現在でも70~80%が在宅勤務であるのですが、実はその5年ほど前からあるパートさんに対して在宅勤務を実施していたということです。
近藤講師の知人であったその方は当時茅ヶ崎の市役所にパートで勤めていましたが、東北大学の大学院を出ていることを知っている近藤講師が日本レーザーに誘いました。しかし遠距離通勤を理由に断られていました。諦めきれずに在宅勤務のパートとして雇うことにしました。
このことがあり、今回のコロナにあってもパートさんを含めた全員にモバイルとPCを支給して在宅勤務を躊躇なく実行したということです。

もう一つは人員が増えたことでオフィスが手狭になり移転を考えていた時、フリーアドレスにしてオフィスワークの人数を50人から30人まで減らすことにしたことです。現在の在宅勤務により出社しているのは20%程度なので、今後業績が伸びて人員が増えて100人になっても現在の働き方を維持すれば問題なくこれまで通り働ける環境となりました。
近藤講師はこれらをいずれも「タイミングが良かった、運が良かった」と言います。

行ったことの中で一番良かったのは「徹底した情報公開と共有での社員教育」だということです。コロナ前は拠点を繋いでのテレビ会議をやっていたということですが、コロナで在宅勤務になったのでZOOMで一人一人を繋いで行うようになり、経営者が直接社員さんと繋がることができるようになりました。
会社の情報公開と共有が容易になり、なおかつ経営者が一人一人に教育することで意思疎通が促進され社員さんの自律した仕事に繋がっていったということです。

会社の存在意義を糺す

ここで近藤講師が問いかけました。
「会社はやり方が大事なのか、あり方が大事なのか?」

やり方(How to do)とは生産性を上げる、社員を採用する・教育する、制度を作る、といった会社組織を運営していく上での言わば「動かし方(方法論)」です。
一方あり方とは「会社はどうあるべきか」という言わば経営に対する「問い」であり、それに対する会社としての答えであり「位置づけ」です。

最初に提唱されたのは30年ほど前の米国でしたが、毎年スイスのダボスで開催される世界経済フォーラムにおいて近年話題に上がるのがこの「あり方」であり、これまでのビジョン・ミッション・バリューに加えてパーパス(目的)が重視されていると近藤講師は言います。
そこではこれまでの“株主”資本主義ではなく“ステークホルダー”資本主義ということが言われており、株主だけでなく会社に関わる人すべてが幸せになる、つまり誰かの犠牲の上に成り立つものではない経営でなければならないということです。

まずは会社の存在目的、存在意義を問いただす、まず何のために会社を作ったのかという目的から問うていく、会社の“あり方”を糺していくが求められているということでした。
日本レーザーではこれに則ってそれぞれを明確に定義しています。

1.ビジョン(ある時点での到達点・目指す姿は?)
JLCHDとして年商100億円、中間点として70億円

2.ミッション(到達点に向けての課題は何か?)
最先端の統合された光技術・製品の産•学への提供

3.バリュー(どのような価値観に基づいてビジョンとミッションを実現していくのか?)
雇用維持・人本経営で五方良し、社会の共存共栄

4.パーパス(なぜ我々は社会に存在するか?)
働く人の幸福を第一にした経営のモデル企業となる

まずパーパス(存在意義)を問いただし、バリュー(価値観、行動指針)を明らかにした上で、ミッション(会社が取り組むべき課題、果たすべき役割)を定めることで、ビジョン(目指す姿、到達点)が浮き彫りになるということです。ビジョンは最後で良いわけです。
この場合重要なのはパーパスとバリューですが、誰のため・何のための仕事であり会社なのか、そして働く上での価値観を問うていくと本音が出ると近藤講師は言います。
お金のため、利益のためという目的で働き、利益を得ることに価値があると考えるところもあります。

日本レーザーでは働く人、関わる人すべてが幸せになることを念頭に、最先端の光技術・製品をアカデミックなところに提供することで成長していく姿を具体的数字を上げて伝えています。
こうすることで、それに共感する優秀な理系の人が集まるということです。

共通した3つの意識を持つ

改めて「何のために会社は存在するのか」という目的を考えた時、上場すること(儲けること)や雇用を守るということ、あるいは社員の期待に応えるなどが出てきますが、いずれにも共通しているのが「良い会社を作りたい」ということです。
ただし、これは経営者側が考える「良い会社」であり社員が考える「良い会社」はそれとは異なります。
雇用が安定していて、待遇も良いので生活の心配がない、コロナや戦争が起きても生き残れる会社。このような「良い会社」をどうやって作れば良いのでしょうか。

近藤講師は20~30歳代の頃に日本電子の労働組合の委員長をやっていたことがあり、その時に大変な経営不振から当時3,000名いた従業員のうち1,000名を希望退職、経営者が取引銀行から送られてきた新しい社長に交代するという事態に遭遇、それまでとはまるで違う会社になってしまうという経験をしました。
また、東西冷戦の頃は軍拡競争から扱っている製品の販売が好調でしたが、冷戦が終結すると途端に振るわなくなり、業績を安定させることの難しさにも直面しました。
一方で、社員が求めるのはどんな時でも雇用と待遇が保障されるという「安定」と、個人や家族の事情が優先され言いたいことが自由に言えるといった「安心」です。

こういった様々な経験や社員との対話を通して近藤講師は一つの結論に辿り着きました。
それは経営者も社員も「共通した意識を持つ」ということでした。

1.「会社や事業は自分のものだ」という圧倒的な当事者意識を持つ

2.会社はいつかつぶれるかもしれないという健全な危機意識を持つ

3.働く仲間、取引先、顧客とともに生きていくという継続する仲間意識を持つ

いずれも経営者にとっては当たり前に持っている意識ですが、これを社員にも持たせることで双方にとっての「良い会社」がつくられていくと近藤講師は言います。

では、これを社員に持たせるにはどうすれば良いのか。
教育で持たせようとするには限界があり、教育をして経験させること、さらに失敗を経験させることで身についてくるものだということです。
つまり仕事の多くを自主性に委ね、社員がやりたいように仕事をさせることにしました。
日本レーザーの営業にはノルマが無く、目標も自主的に設定をします。

信じて任せると行動が変わる

ただ、失敗は経営上のリスクになりますから、失敗をどこまで許容するのかを見極めることが大事だと近藤講師は言います。
事務職から営業になったある社員さんは、大手化学メーカーからの依頼でドイツ製の製品を販売することになったのですが、経験が浅かったことから重要なデータを読み間違えて顧客の要望に応えられないことが後になってわかりました。顧客は怒って多額の損害賠償を求めてきました。
結果的には裁判で決着がついたということですが、1台も製品を売っていないのに値切ったと言え多額の賠償金を払うことになり大きな損害となってしまいました。

ここで重要なのが、社員の失敗に対して決して責めてはいけないと近藤講師は言います。
絶対に赤字を出すな、失敗は許さない、としてしまうと社員のモチベーションは下がります。
失敗はつきものであり、失敗することで経験・学習し二度と同じ失敗をしない、させないことが大事で、失敗を恐れて挑戦しなくなることのほうが成長を妨げ将来の衰退リスクを高めます。
失敗した社員は「なぜ失敗したのか」を全社に共有をし、他の社員はその失敗から学べますから、会社全体の「勉強代」になります。
日本レーザーではそのような損害がありながらも右肩上がりに成長できていることが、この「失敗を経験させて成長させる(信じて任せる)」という取り組みが間違っていないことの証であるということです。

「3つの意識」が全社に定着し、経営者と社員が自律的な信頼関係を持つようになると行動が変わってきます。

1.高いモチベーションから一人ひとりが担当事業の誇りと責任を持つ

2.目標は自主的に設定する(ノルマ無し)

3.顧客に向き合い、顧客のニーズを吸い上げる

3つの意識が行動を変え、その行動がコロナのような想定外の危機において「火事場の馬鹿力」を発揮して克服すると近藤講師は言います。
実はコロナ禍にあっても業績が伸び続けることができたのは、この「火事場の馬鹿力」が発揮されたからでした。

1台1億円もする高額なドイツ製の製品の受注がコロナ前に数台決まっていましたが、コロナによって海外との行き来ができなくなったことで納品できなくなり売り上げが立たないという事態に見舞われました。
日本レーザーは「輸入商社(販売代理店)」であり、大学や企業の研究施設からの要望に応じて海外製品を輸入販売しているわけですが、製品の管理や技術的な指導はその海外メーカーの技術者に任せます。
ところがコロナでメーカーの技術者が日本に来れなくなったため、製品の納入が滞ってしまったのです。

本来ならどうすることもできないところですが、日本レーザーの社員さんはオンラインで海外メーカーと交渉し、オンラインで技術指導を受けることにしました。
英語ができる営業マンと技術はわかるが英語ができないエンジニアが一緒になって取り組み、結果的に製品を納入し無事に稼働させることができました。
このことが顧客だけでなく、M&Aが頻繁に行われる海外のメーカーにおいても「強み」となり、通常ならM&Aでメーカーが変わったら契約関係を切られること多い中にあって、日本での販売を信頼して任されるようになりました。

全社員が株主

MBO(Management Buyout)とはM&Aの手法のひとつで、会社の経営陣が、金融支援を受けて自ら自社の株式や一事業部門を買収し、会社から独立する手法のこと。具体的には親会社が子会社や一事業部門を切り離す際に、経営陣がその株式を取得し会社から独立するために用いるというもの。

日本レーザーは日本電子の子会社で、近藤講師はその親会社から再建のためにやってきて、社長として見事に建て直すことに成功しました。
ところが、子会社というのは親会社に経営権を握られているため、社長といえども会社のことをすべて決定できるわけではありません。
近藤講師が日本電子からの独立を決意した大きな要因は役員人事であり、日本レーザーの役員ポストは親会社からの天下りとなっており、日本レーザー生え抜きの社員さんは役員になれないという「見えざる壁」の存在でした。
このことは、優秀な社員の意欲を奪い、結果として彼らは同じ業界で独立しいつしか競合相手になってしまいます。

近藤講師が親会社からの独立に際して決意したのは経営陣のみによる独立ではなく、「3つの意識」のもとに社員のモチベーションが高まるために行うことであり、それはつまり経営陣と社員が一体となって株式を譲り受けるMEBO(Management Employee Buyout)でした。
とは言っても、平たくいえばその会社で働くサラリーマンが個人保証して融資を受けて会社を買うということですから相当の覚悟がいることであることは間違いありません。
結果的に近藤講師が個人保証して1億5千万もの融資を受けて親会社から独立を果たしました。

現在では社員による持株会の比率が40%を超えており、役員持株会と併せて85%を超え、日本レーザーは日本初の全社員が株主というCo-owned Business(コーオウンド・ビジネス)となっています。
これは社員にとってはとても有意義ですが、特にオーナー企業が多い中小企業にとってはあまり歓迎されない取り組みです。
なぜなら経営者も社員も同じ株主であり同じ権限を持っているわけですから、例えば経営者が役員に親族を加えたいなどと言っても株主総会で社員から反対されるなどということも起こり得ます。つまり会社が経営者の思い通りにならないということです。

時に判断を誤ることがあるので経営者がすべて思い通りにやろうとすることは必ずしも良いとは言えない。特に中小のオーナー企業における同族の役員人事においては注意が必要だと近藤講師は言います。
ただ、近藤講師が経営者にとって大きなリスク(思い通りにできない、困った時に頼るものがない)を取ってまでCo-owned Businessに舵を切ったのは、先述のように社員の意識が変わらずモチベーションが上がらない経営をしていては成長できないと考えたからでした。

どれだけ頑張っても役員になれない、利益が上がったら親会社に多くを取られて待遇も良くならない、ということが当たり前になれば当事者意識は芽生えず、不況になったら他責に終始する。
優秀な社員は独立をして競合となり、その結果激しい競争の末、潰し合いに陥って共に疲弊するばかり。
近藤講師が日本レーザーの社長に就任した時に、社員の一部が独立して顧客を持っていかれるという苦い経験をしているので、組織のガバナンスと社員の意識改革は会社の成長に不可欠であると身に染みて感じていました。
正に身を切る改革、親会社からの独立とCo-owned Businessを実現した結果、会社全体に「3つの意識」が芽生え、同業他社の多くが消滅していく中で右肩上がりに成長し続けました。
コロナという大変な逆風に遭っても全社で馬鹿力を発揮、他には無い「強み」を創り出してさらなる成長を遂げました。

利他への実践

これまで日本的経営とは「人本主義」と言われ、社員を大切にする経営であるとされてきました。
ただ、「社員を大切にする経営」とは具体的にどのようにすることなのかを答えるのは難しく、ただ単に社員の要望を聞いているだけでは成長どころか費用ばかりが嵩んで赤字になりかねません。
近藤講師はあることを経験したことで、必ずしも経営を「得か損か」だけで判断すべきではないということに気がついたと言います。

ことの発端は東大の大学院卒の優秀な方がある理由で大手企業から転職してきました。
転職の理由は「いやがらせ」のような人事異動でした。
簡単に言うと、その大手企業で職場結婚され新婚旅行に行って帰ってきてすぐに地方への転勤を命じられたのです。当然新居を契約したばかりで、共働きですから新婚早々に単身赴任しろということです。
会社が彼らの事情を知らないわけはなく、明らかに「歪んだ」決定であることがわかりました。
そのことがあって大手企業に見切りをつけ、給料は半分になっても良いからということで転職をしてきました。

ここまでならどこでもありそうな話ですが、この社員さんに今度は子供ができたというのです。
おめでたいことですが、夫婦の両親も手伝えないということで出産後の育児を二人でやらないといけないので休みが欲しいと申し出てきました。
現在は法律で育児休業が定められていますので、どれくらい休みたいのか尋ねると「半年間」欲しいというのです。
通常なら2週間程度のところを26週間欲しいというのですから近藤講師も困ってしまいました。
問題は期間もさることながら、優秀な社員さんだけにあるドイツのメーカーのプロダクトマネージャーを任され、営業やエンジニアなどの部下を束ねて一つのプロジェクトを動かしていましたから、その穴をどうやって埋めるのかというのが最大の問題でした。

先述した通り海外メーカーとの契約はシビアなので、下手をすると契約を解除されることにもなりかねないのです。
育休後に働く場所が無くなってしまっては元も子もないということで、その社員さんは必死に代わりに仕事を引き受けてくれる人を探しました。
結果的にその社員さんは半年間休みを取り、その間は同じ職場の独身の社員さんが「倍くらい」働いてもらって乗り切りました。
休んでいる間も給料は出ないがメールのチェックや相談にのってあげる、復帰したら倍くらい働く、といったことを条件に近藤講師は長期休職を許可しました。

この取り組みが会社にとって良かったことが2つありました。
一つは仲間が育児休業を取るということに対して周囲が応援し彼の分を皆んなでフォローしたことによって売り上げが落ちなかったということ。
もう一つは休みを取った社員さんが、その周囲の応援とフォローに感謝し「これからは(自分のためでなく)他の人のために働きます」と会社のクレドに書かれた「利他のために働く」を体感し実践するきっかけとなったことです。
しばらくすると別の社員さんが半年間の育児休業を申し出てきました。
一度認めた以上は許可しないわけにもいかなかったわけですが、この一度の経験が全員の意識を変え、大きな成長につながったと近藤講師は言います。

プロジェクトの中心人物がいない中でも売り上げが落ちなかったのは「運が良かった」と近藤講師は言いますが、同時に「得か損か」だけで判断するのではなく、一見損だと思えるような方を選択する方が上手くいくということを体験を通して実感することができたということです。
同時に社員さんも体験を通してクレドに書かれた「利他のために働く」を体感し、クレドに魂が込められることになりました。

差別をなくし実力主義へ

「社員を大切にする」進化した日本的経営を目指すと言っても、その具体的な内容が大事だと近藤講師は言います。
一つは会社を永続させるために「教育」に費用も時間もかけるということです。
欧米のいわゆる「ジョブ型雇用」というのは仕事に欠員が出たらその仕事ができる、スキルを持った人を雇うというものですが、日本の従来の新卒採用のように一括採用後に研修等を通してそれぞれに適した仕事につけるという「メンバーシップ型雇用」がジョブ型に対する日本的経営の根幹であるとされてきました。
つまり人事等級を職務ではなく人(能力)に関連付け、長期雇用を念頭にした給与体系でそれぞれの企業に根付く人材を育てていくというのが従来の日本のメンバーシップ型雇用です。

どちらにもメリット・デメリットがあり、メンバーシップ型では近年年功序列や終身雇用といった過去の人事制度によって「働かない高齢社員の高賃金」などの弊害、あるいは大量一括採用が景気後退局面においてリストラによる大量解雇といった問題を引き起こしています。
ただし、これは日本の大手企業で行われてきたことであり、中小企業においてはジョブ型雇用が一般的です。
ジョブ型雇用は営業や経理といった職務ごとに欠員の穴を埋めるためにスキルを持った人を採用するということで、安定した業務の遂行には適していますが、管理者を育てにくいという側面があるとということです。
ジョブ型が「就職」であるのに対しメンバーシップ型は「就社」であると近藤講師は言い、ジョブ型が多い中小企業は雇用した社員さんの中から将来を背負って立つ後継者を育てるために教育に費用も時間もかけるべきだということです。

日本レーザーでは売上の1%を教育費用としているということで、売上30億円であれば3千万円を社員教育に投資しています。
長期間の外部研修などはもちろんですが、海外メーカーとの交渉や海外での展示会などでの経験体験も重要な学びであるとして3~4人でいいところに10~15人も出し、出張費用などをこの教育費用の中から出しているということです。
また、毎月50ページにもおよぶ社内報や全社会議を毎週行うなどして経営情報の共有を図ることも重要な教育の一環として行われています。
さらに社長、会長が定期的な勉強会を開催し、そこで「英語による対外交渉力」等より実践的なことを教えながら、自社のビジネスモデルのSWOT分析(強み・弱み・機会・脅威)と課題をしっかりと理解させて、それぞれが成長のために何をすべきかを考え行動することを促しています。

近藤講師はすでに現在の社長に交代していますが、すでにこの先1人10年として30年先の社長候補3人がいるということです。
いずれも東大や阪大出身で前職は大手企業に勤めていたという優秀な方ばかりだということで、日本レーザーだから、優秀な社員がいるからということを言われるそうですが、彼らはいずれも会社を立て直して良くなってきてから縁故で入ってきた人たちなので、確かに優秀な人材かもしれないがやはり教育しないとダメだと近藤講師は言います。
東大や阪大出身で大手企業に勤めていたのに辞めたのはなぜか、そこに理由や何らかの欠点もあるはずですから、それを丁寧に聞き出して日本レーザーの社員としての教育をしないといけないということです。

「社員を大切にする」進化した日本的経営を目指す上でもう一つ重要なこととして近藤講師が力説したのは人事制度上の「差別」を無くすことでした。
多くの企業で見られるのは男女の差別であり、賃金格差は歳を追うごとに広がっていき、入社して10年経つと既に差が生まれ、30年~40年経つと男性の場合は部長クラスまでいっているのに女性は良くて課長止まり、といったことが起こっている。
これは明らかな差別であり、同様のことは学歴や国籍などにおいても起こっています。
これまでのメンバーシップ型の日本的経営には年齢だけでなく男性優位や学歴別といった固定化した差別的概念があり、それが多様な「人財」の活用を妨げていました。
これからはそういった外国籍や高齢者、身障者の人も含めた多様な人財を活かすためにも能力・実力に応じた処遇の人事制度に変えていかなければいけないということです。

さらに、これから中小企業が「人財」を得ようとする時に一番大事なのは「どうやって採用するか」だとし、ここに一番お金をかけるべきだと近藤講師は言います。
欠員ができた時だけ採用するのではなく、将来性も見て本当に良かったら欠員が出てなくとも採用する。逆に、欠員が出ていても迷ったら採用しないこと。
採用後はクレドなど経営理念や経営方針を明示したものでしっかりと教育をする。
つまりクレドとは経営のあり方を明示したその会社における「働き方の契約書」であり、これを会議等でも唱和し潜在意識へ染み込ませます。
これに情報共有、情報開示によってどのように頑張れば評価されるのかがわかるので、それぞれが自主的、自律的に行動できるようになるということです。
ここで重要なのがその評価を理解し納得することであり、会社の評価と本人評価のギャップを埋めるために幹部による1 on 1の個別面接が必要になります。
日本レーザーでは年3回実施し、正しい理解と納得そして直接の声かけによってさらなる成長を促しています。

切るのではなく活かす

日本レーザーが日本版「ティール組織」であると注目されていると冒頭にありますが、この「ティール組織」とは、組織のマネジメントについて手法が歴史的進化によって5つの階層に分かれることを指摘し、その階層ごとに色をつけて区別したものです。

①Red組織、②Amber組織、③Orange組織、④Green組織、⑤Teal(青緑)組織の5階層です。

Red組織が最初の形態で、圧倒的な支配者による利益だけを求める組織、Amberは同じトップダウンの形態ですがヒエラルキーと役割によって組織が成り立っています。
Orangeは現在のほとんどの企業がこの位置にあり、ヒエラルキーと役割によって構成され、状況に応じた目標管理によって運営される合理的な組織。
合理的な組織からさらに進化したGreenは、組織の中の個人に焦点を当てられるようになり、主体性が発揮されるよう個人の多様性が尊重されるという、いわゆる多様性を活かした経営(ダイバーシティ・マネジメント)が実現した組織。Tealとの違いは、組織の構造としてはヒエラルキーが残っているので経営上の決定はトップが行うということです。

日本レーザーでは性別に関係なく能力重視で採用しているので、先述のようなパートでしかも在宅勤務という方がいます。しかもその方はパートから正社員となり、現在は管理職に就かれています。近い将来役員になるだろうと近藤講師は言います。
管理職の3割が既に女性で占められ、60歳以上のシニアや外国人が在籍しているのはもちろん、性別や年齢、国籍に関係なく能力に応じた職位と待遇になっています。
これは近藤講師がダイバーシティ経営を実現する上で、多様な人材を採用し活かすためにはそれに相応しい人事制度に変えていかなければならないと考えたからです。
同一労働同一賃金を基本に、パートであっても賞与を支給し、嘱託社員であっても役割や貢献度が同じなら正社員と同じ年収になります。

また、雇用形態が選べるだけでなく、先述のような出産・育児のための休職や病気などの長期入院があった場合でも地位や待遇は維持されるといった、それぞれのライフスタイルに応じた柔軟な雇用制度になっています。
これには過去3人の方が癌で亡くなられたということに加え、近藤講師自らも癌を患った経験が大きく影響していると言います。
「2-6-2の法則」というパレートの法則に基づいた、貢献度で見た時の社員の割合(高いー普通ー低い)によって社員を分類し、全体の底上げのために下の2割を切ろうとする考え方がありますが、癌という大病の経験から「上の2割が突然転落する(いなくなる)」ことによって会社が危機に陥ることを知り、「下の2割を切ってはいけない」という考えに至りました。

また、「下に落ちたら切られる」という不安から転職を考える人も出てくるかもしれません。
貢献度を上げるために競争原理を働かせるというやり方では、このようなそれぞれが抱える不安や突然リーダーがいなくなるというリスクは回避できませんが、雇用不安がなければリーダーや中堅社員は安心して献身や貢献してくれます。
貢献度による待遇の格差はあっても雇用は守る、人材を切るのではなく人材が活きる雇用制度であることが多様性を活かした経営を実現できるということでした。

GreenとTealの違いは、権力の集中したリーダーが存在せず、現場においてメンバーが必要に応じて意思決定をする、というところです。
日本レーザーは日本版ティール組織と言われていますが、それはダイバーシティ経営を実現し、日本初の全社員が株主というコーオウンド・ビジネス(Co-owned Business)を実現したことだけではありません。
全社員が3つの意識(圧倒的な当事者意識健全な危機意識継続する仲間意識)を共有し、クレドに示された「働き方の契約書」を理解した上で、ノルマではなく各自が目標を設定して貢献度(実力)によって評価される。経営者および経営幹部はヒエラルキーのトップとして部下に指示を出すという「指示管理型」ではなく、会社で働くすべての人の成長と自己実現を支援する「サーバント(召使い)型」リーダーシップを取る。

つまり、日本レーザーには経営上の責任者としての社長はいますがヒエラルキーのトップではなく権力を行使することはありません。構成員は会社の目的・ビジョンを共有し、それぞれが主体的に取り組み、社長をはじめ各部門・プロジェクトのリーダーはそれを支援し、それぞれの目標達成に向けて取り組む。
日本レーザーが日本版ティール組織と言われるのは、このように多様性を活かした組織を実現しつつ、さらにこれまでの指示管理型からサーバント型リーダーシップに変化することで、自主自律の組織になったからだということです。

挑戦が成長を促進する

中小企業が永続していくためには持続的な成長が必要であり、そのためには中小企業といえども規模を追っていく必要があります。
これは先述の通り、日本レーザーが海外製品の商社であることから、取引企業がM&Aによって契約関係が消滅するといった環境変化が頻繁に起こる業界であることも大きな要因であり、環境変化に対応できるようビジネスモデルの革新と事業の多角化が必要であるからです。
ですから、ここでいう規模というのは売上だけにとどまらず、環境変化に対応するための事業の多角化、事業領域の幅を広げておくということです。
近藤講師は中小企業が事業の多角化を図る上での鉄則があると言います。

1.大企業とは競合しない

2.すべてを自前でやろうとはせず、パートナーと組む

3.社員の成長や意欲につながることが条件

4.新規事業と言っても市場(顧客)か商品(技術)かどちらかで共通性のあるものに

5.新規投資は従来事業が安定している間に本業の収益の範囲内で行う

気をつけないといけないのは、5.にあるように危機に陥ってから慌てて取り組むのでは無く、余裕がある時に行うことだということ。
さらに、2.と3.にはつながりがあり、パートナーと組んでのジョイントベンチャー(JV)は企業の挑戦の場であると同時に社員にとっても挑戦の場になり得ます。
挑戦の場を提供し事業を任せることで社員は成長し、それを見た意欲的で優秀な人財が集まってくることにもつながります。
現在の事業が安定している間、つまり普段から社員の成長や意欲につながることへ対する投資、「任せる」ことや任せられる環境づくりが大事だということです。

ティール組織の核となるのは管理や権力のヒエラルキーが存在せずに、「組織構成員の自主自律性」によって組織が成り立っていることです。
そのためには、組織が自己都合や自分勝手な意思で動くのではなく、会社が求める高い意識と働き方によって全員が組織に貢献することで成長していく体制であること。
それを実現するのは経営者をはじめとしたリーダーの決意と覚悟だと近藤講師は言います。
近藤講師は最後に、社内の現場リーダーである管理者・幹部へ贈った『「ワクワク・イキイキ」した職場を作るポイントA~E』に書かれた、アメリカのハードボイルド作家レイモンド・チャンドラーの言葉を、リーダーの心構えとして私たちに紹介してくれました。

If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive.

If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.

「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」

 

近藤宣之講師、貴重なお話ありがとうございました。
ご参加いただいた皆様にも改めて感謝申し上げます。