衝撃的な出来事
今回は「人口激減時代を見据えた未来会議」というテーマで、阿部利成副会長がファシリテーターとなって行う初めてのディスカッションが中心の例会でした。
阿部副会長が代表をされている株式会社キャンディルテクトは内装工事を主とした会社で、従業員108名、売上高46億円という大きな会社ですが、今回の例会を企画したのは社内で起きたある衝撃的な出来事がきっかけでした。
それは、新卒採用の面接で起きました。
面接に来た学生さんが面接担当者にこんな質問を投げかけてきました。
「働き手不足である建設業で、御社の労働集約型の事業をどう変化発展させるのでしょうか?」
質問は一人ではなく、もう一人いました。
「縮小する国内向けの市場でビジネスをしている御社の成長戦略を教えてください」
早い時期に面接に来る学生さんは意識も高く、このような質問を投げかけてくるということですが、面接担当者は学生が納得できる回答ができませんでした。
ただ、会社にしてみれば優秀な学生さんであることは間違いないので、最終面接まで来てもらうよう打診しましたが二人とも辞退しました。
学生さんの疑問に答えられなかった担当者や資料を用意していなかったことが問題かと思われましたが、現在進行形の人口減少という状況にあって、まだ「選ぶ側」にいると思っている自分のマインドイノベーションが問題だと阿部さんは考えました。
人口減少を乗り切る自社のビジョンの欠如していたことで、面接担当者をはじめ社員さんの誰もが学生さんの質問に答えられなかった。
また、案内資料にビジョンが示せていれば、より多くの学生さんに来てもらえたかもしれません。
この出来事を通して、経営研究会の仲間の会社でも同じような課題を抱えていると考え、今回の例会の中で一緒に考えていこうということになりました。
不都合な真実
2006年に公開されたアメリカのドキュメンタリー映画『不都合な真実』の中で、環境問題を通して今の世代が将来世代に対してどのような責任が取れているのか、を投げかけて今の私たちがやらなければならないことは何かを問いかけています。
日本においては環境問題以上に切迫し、今私たちが取り組まなければならないのが人口問題だと阿部さんは言います。
未来にどうつなげていくのか、未来の人たちに何を残せていけるのかが大切なポイントだということです。
1954年から1990年は「拡大と成長の時代」。
拡大こそ全て、成長こそ全て、これがあらゆる社会問題を解決し、日本が幸せになる源泉だと信じて頑張ってきた時代です。
しかし、その行き着いた先である現在は様々な問題を抱えています。
社会保障制度、終身雇用、年功序列、大量生産、大量消費、社会インフラなど、様々な制度や仕組みに疲労や疲弊が生じています。
今回阿部さんが問題提起したのは16年後(20年も無い!)の2040年の人口構成です。
現在の人数を100として各年代の増減割合を見ていくと、2040年までは高齢人口だけ増え続け、生産年齢人口および年少人口が減っていくのでそのギャップ、つまり負担は大きくなる一方。
ただ、2040年をピークに死亡することで高齢人口が減少していくと予想されるので、総人口は減少しますがギャップは徐々に小さくなっていきます。
つまり、現在の各指標(出生率、結婚年齢等)から推計すると、16年後の2040年まで日本の経済はシュリンク(縮小)の一途を辿り、年齢ギャップは縮まりますが人口が好転、つまり拡大傾向になる可能性は無いということです。
6年後の2030年においてすでに644万人もの人手不足になると推計され、それを補うための方策(女性、シニア、外国人の就業や生産性向上)について国を挙げて議論されています。
ただ、女性の就業については、「出産と育児の負担」を女性だけにかけることのないよう、国全体の課題として取り組む必要があります。
また、働き手が必ずしも人手を必要としている職業に就かないという、いわゆる「雇用のミスマッチ」の問題もあります。
特に高齢化に伴って介護市場は拡大し人手が常に不足する状態ですが、介護の仕事を希望する人は増えていきません。
この例会の当日に育児にかかる負担を社会保険料で賄う「こども未来戦略」が閣議決定され、3.6兆円の予算が投じられることになりましたが、解決策のほんの一部でしかなく、議論を継続していかなければいけない深刻な問題なのです。
デフレとインフレ
能登での震災でも大きな問題となったのが水道管が破壊されたことによる水不足でした。
生活インフラの中で最も重要なこの水道管ですが、その維持管理については以前から深刻な問題として挙げられていました。
具体的には、現在の水道管のほとんどが老朽化し、それを交換するために必要な費用と人手が不足しているということです。
水道は公共事業であり、全国の自治体ごとで運営管理されていますから、自治体によって水道料金は異なります。
人口つまり利用者が多く税収が多い自治体は安く、人口が少ない自治体は高い。
本来自由競争社会では競争原理(利用者の奪い合い)が働いて利用者が少なくなるほど価格は安くなるはずですが、設備の維持管理にかかる費用を税金で賄う公共事業は利用者、つまり人口が減ると税収が減るため利用料は高くなるわけです。
日本の水道設備の品質は非常に高いので、それを維持していくため各自治体には大きな負担がかかっています。
このことから水道事業を民営化する動きが進んでいますが、人口減少が加速する中にあっては財政破綻する自治体やこれまで通り生活インフラを維持できない地域も出てくる可能性があります。
このように、人口減少に伴う問題は人手不足だけでなく、需給バランスや経済環境変化による価格の変動、つまりモノとお金の価値を変化させることにもあるということです。
今現在大きな話題になっているのが賃金の引き上げですが、その引き金となっているのが物価の高騰です。
物価が高騰しても平行して賃金も上昇すれば問題はありませんが、日本はバブル経済崩壊後デフレ状態つまりモノが売れない時期が続いたため、企業収益も上がらず現在に至るまで賃金が上がることはありません。
賃金が上がらなければ消費活動は停滞し、さらにモノが売れない状態が続いてきました。
ところが、その間に経済のグローバル化は進み、開発途上とされてきた国が経済発展することでエネルギー資源や基幹材料・原料の需要が世界的に高まりました。
そこにコロナや東欧での戦争による物流問題が重なって、現在のような急激な物価高となっています。
賃金は下がらなくても物価が上がると、お金の価値が下がっている(インフレ)ので実質的に賃金が下がったのと同じですから生活は苦しくなる。
これを防ぐために現在国を挙げて賃金の引き上げを進めようとしています。
しかし、特に非上場の中小企業にとって賃金の原資は販売による利益でしかありませんから、今まで以上に多く売るか価格に転嫁することになりますが、いずれも厳しいから賃金の引き上げは難しいと考える中小企業は少なくありません(多く売るためには現在の人員と設備で多く生産しなければならないので現実的に無理)。
ここで再び問題になってくるのが人口減少による人手不足です。
賃金を上げられない企業にはますます人が集まらなくなり、経営できなくなる企業が増えていくと考えられます。
つまり、賃金上昇分の価格転嫁ができるか否かに経営継続の鍵があるということです。
そこで今回阿部ファシリテーターは価格転嫁する上での顧客との関係性(価格転嫁を受ける理由)について4つのパターンをあげました。
①必需型 :そこにあるから、そこにしかないから、機能化し変えられない
②条件型(開発) :プラスαの付加価値、バーターやコラボ、案件紹介
③不安型(伝え方):停止した先にある落とし穴、サプライチェーンを壊す責任、品質低下
④応援型 :メリットを今まで享受、困ってる相手は助ける、歴代のお付き合い
ここで重要なのは、多くの中小企業で価格転嫁が進まないのは「できない」のではなく、それをすると顧客を失うか離れてしまう(他社に奪われる)可能性を恐れるからですが、問題は顧客と「その程度の関係性」でしかないことだと阿部ファシリテーターは言います。
同時にそれは現場社員さんと顧客の関係性、ひいては会社と社員さんの認識のズレ(顧客離れが賃上げできない理由)が浮き彫りになることであるため、経営者は時間をかけて社員さんと問題の打開策について話し合うことが重要だということでした。
生産性向上戦略
次に企業規模別に新卒採用倍率(1社に何人採用できているかの難易度)を見たところ、従業員5,000人以上の企業には1社に2人以上採用(0.41倍)できているのに対して、300人未満の企業では6社に1社がようやく1人採用(6.19倍)できるかという状況です。
これは企業の規模だけで見た数字なので、業種別で見るとその差はもっと激しくなるだろうということでした。
物流、介護、建設といった業種では60倍という数字が出ており、新卒採用はほぼ不可能という会社があるということです。
これは2024年の数字ですから、先述の通り人口減少するこれからの新卒採用は相当な準備をしておく必要があります。
知名度も条件面も大手に劣っている企業には、ブランディングやマーケティングが急務であることは間違いありませんが、そんな中でも経営者の「想い」を強くし、それを武器にして発信していくことが大事だと阿部ファシリテーターは言います。
人口減少していく中では採用の取り組みを強化させる一方で、一人当たりの生産性を高めなければ業績を上げるどころか維持することも困難になります。
阿部ファシリテーターが代表を務めるキャンディルテクトさんでは、現在その採用市場において必要とされる施工管理人材がほぼいないことから、社内で育成することで一人当たりの生産性を高めるという取り組みを始めています。
また、大手企業の中には縮小していく日本の市場だけでなく、経済発展が進む国の市場に参入することで生産性を高めようとしているところもあります。
また、人口減少する日本国内であっても縮小する市場ばかりではなく、高齢者が増えることで需要が増える、期待される市場はあります。
さらに、外国人が海外の需要を日本に持ち込んでビジネスにしているという事例もあり、視野を広げたり視点を変えることで日本でも新しいマーケットやビジネスチャンスを見つけることができるのです。
このことから、人口減少時代のために生産性向上が求められているわけですが、その鍵を握るのはマーケティングであると阿部ファシリテーターは言います。
これまでの市場だけでなく、これまで提供してきたものだけでなく、どこにどのような人がいて、どのような需要があるのかを知ることで顧客も働く人も創造できる。
生産性を向上させるための戦略をマーケティングによって立案させること、これが今回の例会での一つの提案だということでした。
阿部利成ファシリテーター、貴重な資料とディスカッションの場を用意いただきありがとうございました。
ご参加いただいた皆様にも改めて感謝申し上げます。