2026年5月18日(月)、東京経営研究会5月例会にて、株式会社アービンズ代表取締役・松本英次氏にご講演いただきました。
「選ばれ続けるためのマインドイノベーションと価値創造 ~これからの時代を生き抜く会社へ~」というテーマのもと、AIをはじめとするテクノロジーの急速な進化が中小企業経営に与える影響と、その時代を生き抜くための「マインドの変革」について、実体験を交えた深い洞察をお話しいただきました。

AIの進化が突きつけた「自分の価値」への問い

松本氏は株式会社アービンズの代表として、中小企業のDX支援・AIアプリケーション開発・DX人材育成研修を手がけています。大学卒業後に大手IT企業に勤務し、その後独立。「企業の未来図をテクノロジーを使って一緒に描く仕事」と自社を位置づけています。
そんな松本氏自身が、AIの急速な進化に深く悩まされてきたと告白されました。プログラム制作はAIが代替し、情報整理や資料作成といった上流工程の仕事すらもAIが担い始めた。「自分自身の価値がないんじゃないか」とスタッフと共に将来を不安視した経験は、会場の多くの経営者の胸に刺さるものでした。
その「当事者としての葛藤」があるからこそ、本日の講演には単なる情報伝達を超えた重みがありました。

言語化されていないニーズをいかに掴むか

テクノロジーが登場するたびに、人々のマインドは少しずつ変化していきます。松本氏はこう語りました。
「新しいものが出てくると、最初は言語化されていない。違和感や不快感を感じていても、まだ言葉になっていない。それがやがて言語化され、一定多数を超えると常識そのものが変わる」
飲食店のタッチパネル、ZoomによるオンラインMTG——最初は「人のほうがいい」「リアルじゃないと成り立たない」と感じていたものが、やがて「それでもいい」「むしろそのほうがいい」へと変わっていく。我々経営者は、まだ言語化されていない段階のお客様のニーズをいかに掴むか、その感度を磨くことが求められています。

テクノロジーを前提に「Can」を広げよ

松本氏はキャリア設計でよく使われる「Will・Can・Must」のフレームを経営に応用して説明しました。
• Will(やりたいこと)= 理念・ミッション
• Must(求められること)= 社会課題・顧客の課題
• Can(できること)= 自社の強み・解決手段
「どんなに優秀な人でも、江戸時代の人にUberは作れません。位置情報のGPSもスマホも知らなければ、あのビジネスモデルは生まれない。Uberは単なるタクシー配車アプリではなく、空いている車の助手席と乗りたい人をつなぐ全く新しいビジネスモデルです」
テクノロジーを知らないままでは「Can」が現代の課題と重なりません。やる気も課題も分かっているのに、解決方法が人海戦術に留まる——それでは他社の効率性に追いつけない時代です。テクノロジーを学び、「Can」を大きくすることが、理念を実現する現実的な力になります。

「生産性」の誤解を解く ―コスト削減から価値創造へ

会場では、日本・アメリカ・ドイツ3カ国のDX活用目的を示すレーダーチャートを参加者全員で読み解くディスカッションが行われました。「コスト削減」に集中した形状が日本であることを、ほぼ全テーブルが見抜きました。
松本氏はここで「生産性」の本質的な定義を問い直しました。
「生産性とは付加価値額÷投入コスト。要するに一人当たりの粗利を上げること。コスト削減だけでなく、どんどんお金を使って売上を2倍・粗利を2倍にすることも、生産性を上げることです」
コスト削減に執着するマインドは「限られた水と食料をいかに節約するか」に等しい。一方で欧米企業は「前に行こう、広げていこう」という発想でデジタルを活用する。AIにどれだけ投資するかではなく、AIを使って付加価値をどれだけ高めるか——この視点の転換こそが今の時代に求められています。

DXの本質 ―「ペーパーレス化」の罠

経済産業省のDX定義(「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」)を確認した上で、松本氏はよくある失敗パターンを鋭く指摘しました。
「経営者が『DXをやろう、まずはペーパーレス化だ』と言う。これ最初からボタンを掛け違えています。IT担当の若手社員に曖昧な指示をして、紙をなくすことが目的にすり替わり、現場が混乱し、手間と時間がかかり、若手社員が責められて退職する。心当たりありませんか?」(会場笑)
DXの本質は「デジタル技術を使って競争優位性のあるビジネスモデルに変革すること」。省力化・効率化で「マイナスをゼロにする」だけでは生き残り戦略に過ぎない。ビジネスモデルを変革し、お客様に新しい価値を届ける——そのプラスの方向にこそ、デジタルを使うべきだということです。

テクノロジーは「不可逆」であり「環境変化」だ

「テクノロジーの進化は不可逆です。今より遅いPCが出てくることはない。画質の低いスマホが新製品で出ることもない」
音声入力が当たり前になれば、オフィスのレイアウトも変わる——みんなが画面に向かって音声でプログラムを作る時代になれば、個室や仕切りの必要性が生まれる。こうした環境変化に「いち早く対応できるかどうか」が、これからの経営の分かれ目になります。
テクノロジーは便利な道具である一方で、社会のマインドを変え、新しいニーズを生み出し、かつてのニーズを消滅させる「環境変化そのもの」でもある。その視点を持てているかどうかが問われています。

事業を「いい意味で否定する」 ―おむつと排泄予知センサーの衝撃

本講演で最も印象的な事例のひとつが、排泄予知センサー「D-Free」でした。超音波センサーで膀胱の変化を捉え、排泄のタイミングを事前に知らせるこのデバイスは、日本のスタートアップが実用化し、介護現場でも活用が広がっています。
介護が必要になった時に「おむつを履かされるのがいいか、このセンサーをつけてもらうのがいいか」と会場に問いかけると、ほぼ全員がセンサーを選びました。
「おむつ会社はおむつ同士で競争している。より薄く、より吸収力が高く。でも土俵を変えて『本人の尊厳を守る』『失敗を減らしてあげる』というフィールドに立てば、おむつは勝てない」
自社の製品・サービスが「何の課題を解決しているのか」に立ち返り、いい意味で自社事業を問い直して未来を描く——この思考こそが、競争の土俵そのものを変える力になります。

マネタイズが変わる ―「消費する車」から「稼ぐ車」へ

Google(Alphabet)傘下の自動運転企業「Waymo」が提供する自動運転タクシーの走行映像を紹介しながら、松本氏はマネタイズの変化を解説しました。すでにサンフランシスコ等で商業運行されているこの技術は、未来の話ではなく現在進行形です。
「車はこれまで『消費するもの』でした。でも自動運転の車がライドシェアとして稼ぎ始めたとしたら——車が『稼ぐもの』に変わった瞬間、既存の自動車メーカーは全く違う土俵に立たされます」
住宅も、3Dプリンターで建てる時代になれば「どのハウスメーカーで建てた?」ではなく「どのアプリで建てた?」に変わるかもしれない。デジタルが進化するとマネタイズのルール自体が変わる——この視点を経営者が持っているかどうかが、生き残りを左右します。

AI活用が生み出す飛躍的な生産性向上

松本氏は自社でのAI活用実践を紹介しました。
「うちの会社では有料AIを全員に配布しています。道具があるから使う。そうすると経験の浅いスタッフがベテランと同等の生産性でプログラムを作るようになり、以前は長期間かかっていた開発が劇的に短縮される、ということが起きています」
一方で、こんな問いも投げかけました。「ボウリングのピンを寸分も違わず並べる素晴らしいスタッフ。でも機械式が出た今、お客様はどちらを選びますか?」人財育成の方向性も、時代に合わせてアップデートする必要がある——その問いかけは会場に深い余韻を残しました。

Doer(実行する人)になれ ―理念に立ち返り、動き出す

「両利きの経営」として、既存事業を深める「知の深化」と、未知の領域に踏み出す「知の探索」の両立を提唱した松本氏(早稲田大学・入山教授の理論を引用)。失敗した自社の新規事業(パン予約アプリ、介護センサー等)の経験から学んだことは「課題の質を上げること」の重要性でした。現在展開中の工務店向けリモート現場管理システムは、その教訓を活かして成果を上げています。
締めくくりに、顧客ニーズの先見性をめぐる有名なエピソードを引用しました。馬が主要移動手段だった時代に「何が欲しいか」と聞けば「もっと速い馬」としか答えられない——先見性を持ち、テクノロジーを学び、経営理念に立ち返って「何の課題を解決するためにこの事業があるのか」を問い直す。そして頭で考えるだけでなく、実行する人「Doer」として動き出すこと。その言葉は、自分自身への言い聞かせでもあると、松本氏は誠実に語られました。

参加者からは「テクノロジーへの視野が広がった」「自社事業を問い直すきっかけになった」「具体的な事例が腑に落ちた」といった声が多数寄せられました。「AIをコスト削減ではなく価値創造に使う」「自社の存在意義を改めて言語化する」「まず一つ、Doerとして動いてみる」など、すぐに実践に移そうという意気込みが会場に溢れました。

松本英次氏には、ご自身の葛藤も含めた率直で深い洞察をお話しいただき、誠にありがとうございました。
参加者一同、大きな学びと新たな視点を得ることができました。