2026年10月21日(水)に開催された東京経営研究会10月例会では、「社員が活気づく生産性向上」をテーマに、南洋アスピレーション株式会社 システム開発課の山田篤徳氏と、ソフト・シアター株式会社 代表取締役の辛郷孝氏に、2社共同でご発表いただきました。生産性向上委員会を通じて出会った両社が、現場の課題をいかに見つけ、いかに形にし、いかに成果を確かめてきたか。「課題発見」「解決策づくり」「成果の確かめ方」の3部構成で語られた実践は、AIを手段として使いこなしたい中小企業の経営者にとって、すぐに自社へ持ち帰れる学びに満ちていました。
生産性向上は、誰のためにあるのか
発表の冒頭、山田氏は参加者にひとつの問いを投げかけました。「生産性向上は誰のためにあるのか」。この問いを頭の片隅に置きながら聞いてほしい、と前置きしたうえで、南洋アスピレーションの歩みが語られました。
同社はグループとして1989年に創業し、物流を中心とした総合人材サービスを展開してきました。山田氏自身は2005年に経理職として入社しましたが、趣味が高じてパソコンや社内の事務改善に取り組むうちにシステムへと関わり、2011年のシステム課発足を経て現在に至ります。大型商業施設への館内配送事業を出発点に、同社は配送管理システムを自社開発し、現在では業界でも有数の導入実績を持つまでになりました。
重要なのは、同社がいわゆる「たたき上げのシステム会社」ではないという点です。物流、イベント清掃、大型施設オープン時の渋滞緩和、ホテル客室清掃など、常に現場に立ちながら事業を広げてきました。山田氏は「システムは武器の一つに過ぎない」と述べ、現場づくりの一環としてシステムがあるという立場を一貫して強調されました。
「人で困っている」の裏にある、仕組みの課題
数々の現場を経験する中で、山田氏はある気づきに至ったといいます。最初の相談はたいてい「人が足りない」「この仕事をやってもらえないか」という形でやってくる。しかし、
「人で困っているというのは、絶対に何か仕組みに課題があるということなんだ」
この視点を突き詰めた結果、同社は自らのコア・コンピタンスを「問題解決力」であると定義するに至りました。表面に見える相談は氷山の一角にすぎず、本当の課題は現場に入らなければ見えてこない。山田氏はこれを「点を線に、線を面に」という言葉で表現されました。
その象徴が、渋滞緩和のプラカード業務でした。「立っているだけでいい」と聞いて始めた仕事が、実際には100箇所の配置管理と報告が必要な複雑な業務だった。現場の報告が信用されないという壁に直面した同社は、要所に360度カメラを設置し、外部からでも状況を確認できる仕組みを作り上げました。表面の相談内容に引きずられず、前後の業務まで把握して本当の課題にたどり着く ― この姿勢が、後のAI配車システム開発へとつながっていきます。
自社の弱みと、パートナーとの出会い
課題を見つける力に長ける一方で、山田氏は自社の弱みも率直に語りました。ドライバーの時間外労働規制、いわゆる「2024年問題」を背景に、配車に困っているという相談が立て続けに4社から寄せられました。課題も解決の方向性も分かる。しかし、それを自社だけで形にする体力・スピード・技術力が足りなかったのです。
外部のベンダーに委託する道もありましたが、意図が伝わらず違うものができる、自社のノウハウを他社向けに転用されてしまうなど、過去に幾度も失敗を重ねてきました。そんな折、生産性向上委員会の中で名前が挙がったのが、ソフト・シアターの辛郷孝氏でした。同社の尾高取締役営業本部長が水面下で協力会社を探す中、誰に聞いても「辛さんがいい」という声が返ってくる。その縁で声をかけたところ、辛氏が思想の近さに共感し、タッグを組むことになりました。同じ日創研の会員企業どうしという健全性の高さも、協業を後押ししました。
• 最初から100%を作らず、小出しに手直しを繰り返す「スパイラルアップ」の開発スタンス
• プロダクトアウトではなく、現場起点の「マーケットイン」の発想
• AIは目的ではなく手段である、という思考
これらが見事に一致していたことが、協業の土台となりました。
下請けからの脱皮 ― 学びが実を結ぶまでの20年
バトンを受けた辛氏は、まず自社の歩みと、長い停滞の時期を包み隠さず語りました。ソフト・シアターは1997年創業、社員約25名のうち20名ほどがシステムエンジニアという開発会社です。創業の精神は、社名の由来でもある「映画も仕事も人生も、すべてハッピーエンドでなくてはならない」。
しかし、その道のりは平坦ではありませんでした。創業当初は下請けの下請けのような単価の安い仕事しかなく、社員だけが増えて利益が出ない状態が続きます。危機感から起業家養成スクールで学び、下請けから撤退して自社プロダクト開発へと舵を切った矢先、販売もマーケティングも未経験だった同社は2年連続の大きな赤字に陥り、債務超過を経験しました。辛氏は「この苦しみから、本格的な学びが始まった」と振り返ります。
辛氏が特に強調したのは、最初の約10年が「学べば学ぶほど何をしていいか分からない」時期だったという告白でした。毎月テーマの違うことを学び、そのたびに「これもできていない」と傷つく。理念を作っても何度も作り直し、商品も顧客も絞れない。同じところをぐるぐると回り続ける、いわゆる「踊りの経営」。その原因を、辛氏は「インプット8割、アウトプット2割の経営だった」と総括されました。学んだことを自社に落とし込めていなければ、成長にはつながらないのです。
インプットとアウトプットの逆転
転機は、生産性向上委員会で出会った南洋アスピレーションの尾高取締役営業本部長の存在でした。「勉強するだけではなく、仕事をしよう」という尾高取締役の誘いに、辛氏は長年抱いていた「仲間と一緒に仕事がしたい」という思いが満たされたと語ります。迷いもありましたが、根本理念である「共に学び、共に栄える」に立ち返り、協業を決意しました。
両社は互いの強みと弱みを補い合う関係でした。南洋アスピレーションの強みは、現場に通って課題を紐解く力と、システムの量産化。一方ソフト・シアターの強みは、技術力と「高速アジャイル開発」にありました。辛氏は富士通の研修で学んだアジャイル手法を5年かけて自社に根付かせ、以前は週100機能に満たなかった開発量を、現在は1週間で200機能以上を生み出すまでに高めていました。
辛氏は、委員会の仲間とともに動いたことで「インプットとアウトプットの比率が逆転した」と語ります。学ぶより先に、仲間と動く。見学に行き、顧客に会いに行く。この実践の積み重ねこそが、長年の停滞を破る鍵でした。辛氏は自らの遠回りを振り返り、「学んだことをひとつ、仕事に生かしてほしい」と会場に呼びかけました。
デザイン思考で見つけ、アジャイルで作る
辛氏が開発の要諦として挙げたのが、「デザイン思考 × アジャイル開発」という考え方です。
デザイン思考は「何を作るかを見つける」未来志向のアプローチで、「共感する(現場を見て困りごとを知る)」「問題定義(本当に解くべき課題を決める)」「アイデア(解決策を幅広く出す)」という工程を踏みます。この領域は、現場に強い南洋アスピレーションが圧倒的に得意とするところでした。
アジャイル開発は、それとは対照的に「いつ、誰が、何をするか」を短いサイクルで繰り返すプロジェクトの進め方です。作ったプロダクトは最初から市場にぴたりとは合わない ― これはシリコンバレーでも常識とされる前提であり、だからこそ一打で当てようとせず、小さく作って試し、改善を繰り返すのだと辛氏は説明されました。
• 作り込む前に見せて、使ってもらってから確かめる
• 1周のサイクル(スプリント)を1週間と定め、高速で回す
• 現場起点で質の良い情報を早く取り込み、すぐ形にする
両社の役割分担は明快でした。課題を見つけ、アイデアを出す前半工程は南洋アスピレーションが主導し、試作とテストを担う後半はソフト・シアターが受け持つ。この噛み合わせによって、開発は一気に加速しました。
動くものを見せるから、本当の声が出てくる
再びバトンを受けた山田氏は、成果をどう確かめたかを具体的な事例で語りました。鍵は、両社に共通する「最初から100%を作らない」という姿勢です。
事前のヒアリングで引き出せる課題は、山田氏の実感では6割程度。残りは現場に通い、動くものを見せ、関係を築く中で初めて表に出てきます。その理由を山田氏はこう分析しました。担当者が異動して現場の変化を責任者が把握できていない、前後の業務とのつながりが見えていない、そもそも本人が課題を言語化できていない ― だからこそ、紙のプレゼンでは3割も伝われば良い方で、ほんの少しでも動くものがあると、人は食いつき、必ずアイデアや要望が溢れ出すのだといいます。
名古屋のお米配送会社の事例は、その典型でした。当初の相談は「積載オーバー」と「配車の属人化」。ところが試作品を持ち込むと、次々に本当の課題が現れます。
• 納品先ごとに作業時間が大きく異なる(米櫃への補充、店内陳列など)
• 飲食店からの「この時間帯は来ないでほしい」という逆時間指定
• プリンターの横に積まれた大量の紙 ― 本人は「困っている」と一言も言わなかった
山田氏は、現場で最も印象に残ったのは、作業者本人が「どこが大変なのか分からなくなっている」という事実だったと語ります。仕事に慣れすぎて、大変なことをしている自覚がなくなっている。だからこそ困りごととして出てこない。引き出す側が線と面で捉えなければならないのです。
カスタマイズではなく、製品の進化へ
動くものを携えて、両社はさまざまな業種の現場に意見を求めました。地域も業種も異なる複数の協力先から話を聞く中で分かったのは、「配車に困っている」のではなく「配車“も”困っている」という実感でした。弁当配送、医薬品配送、仕出し、食品卸 ― 業種が違えば、現れる課題も実にさまざまです。
医薬品なら常温・チルド・冷凍で車両が分かれる。配管材なら重さではなくサイズと「重ねられない」という制約がある。自社配送の会社では「誰が走るか」というシフトの方が重要になる。一見バラバラに見えるこれらの課題は、しかし特定の一社だけのものではありませんでした。A社で聞いた話がB社でも共感される。だからこそ、個別の「カスタマイズ」ではなく、多くの会社で負担を分かち合える「製品のバージョンアップ」として積み上げられる ― ここに、両社の協業が生み出す新たな強みがありました。
さらに視野は配車の周辺へと広がります。ドライバーが顧客との接点で得る情報を活かせば、配送担当者が営業の役割も担える。山田氏は、顧客管理(CRM)の発想を取り入れることで「会社全体として営業マンを増やせるのではないか」と、配車という一点から付加価値を広げていく構想を語りました。
「やらされシステム」から「自分のシステム」へ
発表の締めくくりとして山田氏が最も力を込めたのが、システムを「自分のもの」にしてもらう工夫でした。現場から出てくる小さな声 ― 「このボタンが小さくて押し間違える」といった要望をすぐに反映すると、ユーザーは次第に「これは自分のシステムだ」と感じるようになる。上から降ってくる「やらされシステム」から、自分たちで作り上げた「自分のシステム」へと意識が変わっていくのです。
その象徴として紹介されたのが、現場のホワイトボードをデジタル化したデモでした。青は出勤、赤は休みと一目で分かるアナログの見やすさを再現したところ、わずか一時間で「天気も表示できないか」「キャラクターに喋らせよう」とアイデアが止まらなくなったといいます。山田氏は、機能だけを追う「機能的価値」に対し、好きになってもらう「情緒的価値」の重要性を、iPhoneが毎年複数の新色を出す例を引いて説明されました。ほんの少しの遊び心が、現場の人の目線をシステムに向けさせるのです。
結び ― 共に学び、共に栄える
今回の発表は、異業種の2社が互いの強みを掛け合わせ、現場起点で課題を解決していく実践の記録でした。「人で困っている」の裏にある仕組みの課題を見抜く力、最初から完璧を目指さず小さく育てる開発、そして使う人が「自分のもの」と思えるシステムづくり ― いずれも、業種を問わず自社に置き換えられる普遍的な学びです。
辛氏は、顧客の成功に伴走する「カスタマーサクセス」という新たなチームを立ち上げたことにも触れ、売り切りではなく継続して使ってもらう伴走型のビジネスモデルこそ、これからの主流だと語りました。入社わずか一ヶ月のスタッフが13の徳目朝礼で「活き活きと仕事をしている職場にいられることが嬉しい」と語ったという逸話は、生産性向上が最終的に「社員が活気づく」という今回のテーマそのものに結実していることを示していました。
両社は、この取り組みを各地域・各業界の仲間とともにさらに広げていきたいと呼びかけ、発表を締めくくられました。辛氏は、現場を紐解き、人と人を繋いでプロジェクトを牽引してきた南洋アスピレーションの尾高取締役営業本部長の人間力を「プロデューサー」と讃え、その人徳のもとに仲間が集うことへの期待を語りました。「意図は一つ、方法は様々」。学びを実践へと移し、共に学び、共に栄える ― その精神を体現する、熱量に満ちた2時間となりました。山田篤徳様、辛郷孝様、そして両社の挑戦を支えた皆様に、心より御礼申し上げます。誠にありがとうございました。


