今回の講師は有限会社野間田鍍金工場 代表取締役会長で、経営研究会の本部レクチャラーでもある島信司さんで、経営理念について、特に「働き方改革」にとっても経営理念の浸透が不可欠であるということについてお話して頂きました。

世間のイメージを変えたい

島講師は1977年19歳の時にアルバイトで野間田鍍金工場に入社されました。その後人手不足から乞われて正社員となり、転機は35歳で工場長をしていた時に訪れます。
当時の社長が突然亡くなり、誰かが引き継がなければならない事態になりました。当時工場長の島講師の上には副社長、専務、常務という役員がいましたが、皆社長就任を拒否。役員がそもそも当時の社長よりも高齢であり今更責任を負いたくないというのが理由でした。見かねた島講師が”若気の至り”から上層部を飛び越えて社長に就任することになりました。

現在の社長は創業者である野間田氏の孫に当たる方ですが、島講師よりも3つ年上。代替わりする時には若返るのが普通ですが、なぜか年上の方が島講師の跡を継ぎました。これには訳があり、現在の社長の子息、創業者のひ孫が入社されて10年33歳でいるのですがまだ若い上に父親を抜いていきなり社長にするわけにもいかず、10年は父親の方が社長として頑張れば子に引き継ぐ時点で創業70年、次の世代で100年企業を目指して頑張ることができると考えられたからでした。

野間田鍍金工場がある大阪市港区は古くからの「工業団地」で、家族経営の零細企業が集まったところ。すぐ近くに京セラドームがあり、最近は大きな病院や大型ショッピングセンターができたそうですが、世間の知名度、イメージは悪く、そこで働く人たちの意識もどこか後ろめたさがつきまとっている。島講師はそんな世間のイメージや社員さんの意識を変えたいと考え、「改革」に着手しました。

島講師は社長に就任した2年後から日創研で学び始め、その翌年にはTT研修も受講しました。そのTT研修で島講師は初めて「経営理念」について知り、その重要性を説かれました。当時はまだその言葉自体よくわからず、その意味や意義もよくわかりませんでした。そこから10年以上学び続けた結果、人前に出て話ができるようにはなったけれども、今もまだ学んでいるところだと島講師は言います。特に、「永続性」という企業経営の命題、あるいは経営の目的である「顧客の創造と維持」について考えると、10年前につくった経営理念が周囲の変化によってそぐわないものになってしまい、現状から新たに作り直さなければならない。変化に対応するためにも学び続けならないからです。

経営理念は何のために必要なのか?

さらに、事業の成功条件として言われる

1,絶対条件(50%) 経営理念の確立
2,必要条件(30%) 良い社風
3,付帯条件(20%) 戦略戦術

を見ても、戦略戦術に固執してせっかく作った経営理念が置き去りになっていることでうまくいかないところが多い。このことからもやはり経営理念は作っただけでは意味がないということがよくわかります。

では「正しい経営理念」とは何か?、「正しくする」ことと「正しいことをする」ということは違うということに島講師は気づきました。言われた通りにやるというのは「正しくする」ことですがそれが「正しいこと」であるわけではない。だからこそ何が「正しいこと」なのかを考えるのが経営理念ではないか。
「正しさ」というのはその場その時の環境やお客様や社員さんによって色々存在するので、島講師は最初経営理念は「判断基準」だと考えました。島講師は勉強会や経営相談の際に「自社の経営理念がどれだけ社員さんに浸透しているかわからない」という相談を受けた時は必ず「全く連絡が取れないところに1週間行ってみてください。その間に必ず一つや二つ問題が起こって社員さんで判断しないといけないことが起こりますから、その時に経営理念に沿った判断ができたかどうかを見れば浸透しているかがわかります」と伝えています。

また、中国と取引をしていた時、部品のサイズが微妙に揃っていないことがあり、どのように計測しているのか確認したところ、日本では0.01ミリまでをデジタル計測器で測っているのに対して一般的な定規で1ミリ単位でしか測っていないということがありました。同じデジタル計測器で測らせるようにしたところ、当然同じ品質のものが出来上がってきた。島講師はこのことから、それぞれが異なる物差し、基準で物事を判断しているから品質が一定しない、同じ品質の商品・サービスが出来上がってこないということを知りました。
体重は体重計で、身長は身長計で、血圧は血圧計、そして経営は経営理念で測らなければならいということ。例えば、「あなたはいくつ?」と訊くと”普通”は歳のことを尋ねられていると考えそう答えますが、「私は170センチです」と身長を答えられることもあります。お互いの共通認識がズレていることから起こることですが、同じようなことが会社内で起こっているかもしれません。「仕事はうまくいっているか?」と尋ねた時に経営理念を通してうまくいっているかどうかを答えられるようになっているかを見ないといけません。

働き方改革の歴史

野間田鍍金工場さんでは、16年前からすでに現在の「働き方改革」に関する改善項目をすべてクリアしています。それは、社長になって世間のイメージや社員さんの意識を変えようと改革に着手し、経営理念について学び、自社を社員さんを守るための経営理念を作っていく取り組みがそれをクリアさせました。
ただ、その道程は険しいものでした。「業界の常識は世間の非常識」と言われるように、特に工場で働く職人さんは自分たちの経験体験によって独自の仕事の仕方を持っていて、それを変えることは容易ではありません。
「働き方改革」は社長をはじめ社員さんの意識、考え方を変えていくことから始まり、言わば「人財育成」によって成否が分かれます。自分たちの仕事の仕方考え方に固執する職人さんを教育するのはとても難しいですが、新しく入ってくる若い社員さんであっても最初は業界に対するイメージや考え方がありますから、学ぶことに強い拒否反応を示す人が多かったと島講師は振返ります。しかし、島講師も学び始めた頃は「共通の価値観」を持とうとするあまり、「価値観の押しつけ」になってしまい多くの人が辞めていきました。
そこでさらに深く考えた島講師は、人それぞれ異なる価値観を持っていることを理解した上で、「共通の価値観」というのはあくまで会社における仕事をしていく上で持つべきものであり変えてはいけないものという理解に至りました。

野間田鍍金工場さんで島講師が改善されたのは具体的に4つあります。

①土日祝日出勤・残業廃止:年間労働1,880時間(事務1,645時間)、年間休日130日
②国家資格取得制度導入:キャリアプランの確立
③CVP分析の徹底:品質マネジメントシステムの構築
④外国人研修生制度の導入:PDCAサイクルの実践

改革以前の野間田鍍金工場さんでは、月の残業時間が150〜200時間、土日祝日休みなしという社員さんがいて、会社が閉まっている所を見たことがない、と言われるほどでした。毎日20時間の仕事をしていますから誰もが疲れ切っていて、100%のパフォーマンスが発揮できない。
この状況を生み出している原因の一つが「仕事のムラ」にあり、その根本は外部環境に左右されやすい会社の体質にありました。忙しい時があったと思えば暇な時がある、仕事をやったりやらなかったり、できるできないなど「ムラ」を無くすこと、つまり外部環境に左右されない「強い内部環境」を創らなければいけないということでした。
さらに、大手企業から仕事をもらっている中小零細企業は常に大手企業からの「値下げ戦略」に悩まされます。これによって殆どの下請け中小零細企業は赤字にならざるを得ない。今のままでは、つまり「現状維持」では衰退していくしか無いので維持から「現状打破」に舵を切っていくしかありません。

休日出勤、残業を無くす

そもそも残業時間がそれほどまで多いのには訳があり、一つには効率を考えずにダラダラと仕事をすること、もう一つは残業代を収入源として考えた生活をしていること、さらには周りに同調して付き合いで残業をしているところもありました。ですから、残業を無くすという会社の決定には大半が反対しました。
そこで島講師が導入したのが「資格取得奨励金制度」と「インセンティブ制度」です。仕事の質を高めるための資格を取得すること、そして成果を定量化し成果に応じてその分の手当てがもらえるということにしました。
また、残業の多さから疲弊していた社員さんにすればできれば残業はしたくないという思いがあり、効率よく仕事をして残業せずに帰れるのであればそれに越したことはありませんから、そのことがわかれば効率化の機運は高まっていきそのための定量化分析が徹底されていきました。

しかし、残業を無くすためにはその分の仕事を捨てなければいけませんから、顧客が減って売上利益も減少しました。さらに残業代を当てにしていた社員さんも減り、仕事も休日出勤等も無くなった分給料も手当も減りました。改革を断行してしばらくは減る一方で辛抱の時期だったと島講師は振返ります。
残業を無くしたことのデメリットがあればメリットもあります。一番は退職者が減ったことでした。社員さんは疲れた体に鞭打って残業をしていましたから、体のことを考えれば残業が無いほうが良い。残業がなく早く帰って家族と一緒にいる時間も取れて睡眠時間も取れる、心身ともに健康的な生活を送ることで会社での集中力は高まり100%のパフォーマンスを発揮できる。
仕事の質が高まることでクレームや労働災害も減っていきました。そして心に余裕が生まれることでそれまで殺伐としていた雰囲気はなくなり社風は良くなっていきますから、辞めようと考える人は減っていきました。

資格取得制度を導入

国家資格取得制度導入もこの残業を無くしたことから可能になったと島講師は言います。残業を無くした当初は早く帰ることに慣れていないため、仕事が終わってからも会社に残って食堂で買ってきたビールを飲みながら社員さん同士が会話するという風景がよく見られたそうです。それがいつしか社員間のコミュニケーションを高め、プライベートな話から徐々に仕事の話をするようになり、結果的に終業後の自主的なミーティングに変わっていきました。
そこで仕事の効率や質の向上に対する意見が交わされ、他社との差別化から資格取得者が多い会社のほうが選ばれるという資格取得の意味や価値が理解されるに至ったということでした。
このことは島講師にとって「会社が社員を育て、社員が会社を育てる」という人財育成の意義を知ることになり、価値観の共有と「個人の尊重」という人事理念に思いが至りました。それぞれがやりたいことを実現するために「キャリアプラン」を立て、それに沿って研修を受けたり資格取得を目指して勉強、資格を取得すればそれに対する手当を支給する。会社を強くしたいという思いが同じならやり方はそれぞれの自主性に任せています。

島講師はこの改革を通して、何事も「どうする(方法)」を理解させるのではなく、「どうしてするか(目的)」を納得させなければ人は動かないということを痛感したと言います。人は物事を理解しただけでは動かず、それが自分の幸せのためであると納得してはじめて行動する。
現在野間田鍍金工場さんでは国家資格の有資格者がたくさんいますが、普段の仕事以外の資格、例えば調理師や食品衛生責任者、さらにはPTAや町内会の役員などもいて、それらすべてに手当を支給されています。地域や家族に関わる仕事においても会社が後押しするのは、それらによって関わる人から感謝され応援されるだけでなく、本人の人間性や責任感が向上することで会社での仕事に影響を与えてくれるからです。

外国人研修制度が人財育成の場

さらに島講師は10年以上前から外国人研修生制度を導入し、幹部社員さんと共に現地を訪問し直接面接をするところから日本での活用までを手探りで取り組んで来ました。
当初は中国でしたが現在は人件費の高騰もありベトナムからの研修生を受け入れています。一口に受け入れと言っても文化も習慣も違う海外ですから、仕事に至っては如何に「共通の価値観」を持つことに苦労しました。それは現地の送り出し機関との共有が大事で、現在では厳しく且つ目的を持って日本に行こうとする人財を育成してくれているそうです。
同時に受け入れる側の、幹部をはじめとする社員さんの教育にもつながっていったと島講師は言います。最初の面接からしても当初は「人を見る目」がそれぞれ違っていましたが、社員さんも研修でエゴグラムなどを学びながら何度もやっていくうちに意見が合うようになっていきました。
さらに、日本に来てからは社内でパートナー制度を取り入れて研修生3人に対して一人が専属で育成していくのですが、研修期間は3年ですから36ヶ月のうちにどれだけ戦力として働いてもらえるようにするかはパートナーの社員さんにかかってきます。さらに、3年という短い期間で絶えず新しい人が入れ替わり入ってくるというサイクルも研修する側の社員さんにとって人財育成のステップアップになっています。

島講師はこの外国人研修生の受け入れが社員さんの人財育成になっていると言います。人財育成とは

①社員の自律性を促す
②社員の能力を発揮させる
③社員の成長を促進する

ことであり、社員さんは外国人研修生に教えるだけでなく、一緒になって勉強しているし、「共通の価値観」の意味を理解するようになる。
さらに人財育成とは「選んだ仕事を向いている仕事にしてあげること」だと島講師は言います。これまで辞めていった人は揃って「自分に向いてない」と言って辞めていきました。人は誰しも4つの欲求(認められたい、ほめられたい、役に立ちたい、愛されたい)を持っている。だからこそ「向いている仕事」とは結果を出せる仕事のことであり、結果が出せるようにしてあげることであり、その4つの欲求を満たしてあげること、認めてあげて、褒めてあげて、役に立てるようにしてあげて、愛してあげること。そして、社員さんが学ぶ目的とは未来への挑戦の源泉になる「差異性」「独自性」「優位性」を生み出すための「アイデア(閃き)」を得るためですから、遊びでも良いのでこういった海外との関わり、触れ合いをさせてあげることが大事だということでした。

経営者の信念と徹底力が問われる

島講師はこれまでの改革を通して、改革の出発点は「問題意識」からと力説します。自社の現状を見据え、「このままで自社の目標は達成できるのか」「これは間違っているのではないだろうか」と経営者自らが疑問を持って、自社の成長課題を定量化設定し、「自社にとっての最適」を追求すること。そして、その最適の実現のためには経営者が決して決断したことを安易に諦めたり妥協しないことが改革実現のカギとなると島講師は言います。

ただ、島講師も改革の途中で幾度となく辛くなって諦めそうになったことがあります。それが実現できたのは、他の働き方改革が成功している企業にも共通していますが、改革の結果が企業と従業員とのWin-Winであったからです。つまり、どちらか一方が我慢するような改革では実現性が低く、また仮に実現したとしても継続性には問題課題が多く残るのです。経営者が必要にかられてただただ上から「やれ」というだけでは納得しないからやりません。社員さんのためであることをキチンと伝えることで互いに一緒になって取り組むことができます。

その上で、会社を改革する絶対不可欠の原則として島講師は経営者の「徹底力」を挙げられました。改革が出来ないのは方針、施策、計画は立てても

・直ぐに実行しなくなる
・長続きしない
・三日坊主
・尻切れトンボ
・責任を取らない
・中途半端
・いい加減
・立ち消えになる

から。徹底できないから悪いままだとも言え、その多くは何かの「せい」にしている。「今日は天気が悪いから」やめておこう、など。
徹底することは大変かもしれませんが、徹底することではじめて見えなかった課題が見えてくる、課題が出るとその解決に向けての行動につながっていきますから、課題が見えてくるまで徹底して取り組まなければいけません。

最後に島講師から「なぜ経営者は学ぶ必要があるのか」について教えてもらいました。
学ぶとは

・知っている言葉の数を増やすこと
・言葉の数を増やして思考の幅を広げること
・思考の幅を広げて、選択肢を数多く考えること
・数多くの選択肢から最適を選び行動すること
・一つ一つの言葉の社内での共通言語を作ること
・「どうする(方法)」ではなく「どうしてするか(目的)」

であり、特に「選択肢を数多く」考えられるようになることが大事だということでした。
ただ、経営者は忙しくて勉強する時間が無い、という声もよく聞きます。島講師は、それは経営者が一人で何でもやってしまおうとするからそのような状態になるのであり、重要度と緊急度を考えて重要度も緊急度も低い仕事、つまり社員さんに任せられる仕事を任せていくことで時間は必ず作れると言います。
そうやって時間を作って常に学んでいかないと体力同様に「知力」も歳とともに劣化していくものであり、学ばなければ自分の経験体験だけに囚われた我流の「我がままな経営」になってしまいます。
どんな経営者でも効率よく学ぶ方法があると島講師は言います。それは「勉強している人の側にいること」です。学ぶ仲間を持つことで、時間が無い中でもお互いに教え合うことも、同じ目線で情報交換もできます。

「将たる者は、時に人に恐れられ、嫌われることも辞してはならない。己の中に揺るぎなき信念があるかぎり、人はあとをついてくる。そういうものだ」

経営者が何かをやっていこうとすると、幹部さん、社員さん、家族から恐れられたり嫌われたりすることもあります。
でも人気取り、機嫌取りをやっていたのでは会社は変わらない。社員さんにとってもいい会社づくりはできない。一人一人の経営者が揺るぎなき信念、それこそが経営理念であり、そこに間違いはないと自分を信じてやっていれば人はついてくる。
島講師も大変な苦労をし、何度も挫けそうになりながらも改革を成し遂げられましたが、そこには社員さんのため、会社を良くするためという揺るぎない信念が島講師を支えていました。
経営者の信念、経営理念が働き方改革を実現させたということがよくわかりました。

 

島信司講師、ありがとうございました。
また、ご参加くださった会員の皆様にも感謝申し上げます。