シングルマザーを助けたい

今回大阪の阪神経営研究会からお越しいただいたのは、株式会社火の鳥 代表取締役の竹内秀樹さんです。
竹内講師は大阪で居酒屋を経営しながら、飲食業界と地元大阪を含む関西を活性化させるために様々な取り組みに関わっています。
その中でも竹内講師のお店は、全国の居酒屋による「居酒屋甲子園」の全国大会で二度の準優勝、関西地区の大会では5回も優勝しているという名実ともに居酒屋界を牽引するのリーダーなのです(居酒屋甲子園は実際の店舗の調査と審査によって選出され、さらにそこから各お店のプレゼンテーションによって競い合うという、とてもレベルの高い「居酒屋の品評会」です)。
そして、コロナ禍真っ只中の2021年7月からは「フードリボンプロジェクト夢食堂」を始めました。

株式会社火の鳥さんの経営理念は『元気と美味しいで笑顔を拡げます』。
この理念を実践することで地元の街を活性化するために日々活動しています。
この理念の下、コロナ禍で始めたのが子ども食堂「火の鳥夢食堂」です。これはシングルマザーなどの貧困に耐えながらくらしている方達を「食」を通じて手助けしようというものです。
コロナ禍で一層苦しくなった方がいる中で始めたことでしたが、最初はなかなか来てくれなかったと言います。それは、お店に入ることの怖さがあったからだそうで、それでもようやく入ってきてくれた方からは「持って帰りたい」という要望が出ました。そこで、お弁当にしたところ大変喜ばれて、口コミで一気に広がり、今では月に250食も出るようになりました。
現在は、いろいろな所から食材の協力があるなどその輪は広がり、お母さんがいなくても子どもたちだけでお店に来てお弁当などを持っていくようになりました。

竹内講師はこの取り組みを始めるにあたって、様々な情報を確認し、現在の日本の貧困率に驚いたと言います。
2018年の統計では、日本の貧困率は13.5%、7人に1人が貧困状態に陥っているとあります。これは先進国の中でも34カ国中10番目に貧困率が高く、実は我々が気づいていないだけで、日本において貧困とは身近な問題だということです。
貧困と聞くと、発展途上国や内戦で政情が不安定なため国全体が貧しく、医療が受けられないなどの人間として最低限の生存維持が困難な状態である「絶対的貧困」をイメージしますが、日本など先進国で起こっているのは「相対的貧困」と呼ばれるもの。これは、その国の平均的な所得の半分にも満たない収入で生活することが余儀無くされている状態のものです。
具体的に数字を出すと、現在の2人世帯の収入の平均(厳密には中央値)はおよそ345万円で、相対的貧困と呼ばれる世帯の収入はその半分の1725千円、月額にすると144千円です。
シングルマザーと子どもが一人というのがこれにあたりますが、この月収で子供を保育園に預けてパートの仕事だけという生活で満足に生活できる、子供が満足に食べられるという状態では到底ありません。これが現在の日本の、我々の身近で起こっている貧困なのです。

人がいなくなるという危機

では、なぜ竹内講師はコロナ禍の大変な時に子ども食堂を始めたのでしょうか?
実はそれ以前から竹内講師の中ではずっと危機感だけが募っていたと言います。その1番の理由が地域の人口減少です。
竹内講師が運営する居酒屋火の鳥さんは大阪の「日雇い労働者の街」として有名な西成地区にあります。しかし、この「日雇い労働者の街」というイメージを払拭させるために、大阪の議会第1党が多額の予算を投入して西成地区を大きく再開発しました。
これによって街は大きな変貌を遂げ、竹内講師曰く「昔の面影はほとんどない」状態になり、同時にそこにいた日雇い労働者自身も街を出て行ってしまいました。
ただ、これが現在までの10年間に行われたことであり、それまでに治安や環境が良くないという理由から子育て世帯が街を出て行っており、火の鳥さんがこの地にお店を開いた2004年からみると、15年で半分の10万人にまで減ってしまいました。
そして、2022年時点で調べたところ、人口108千人でうち1万人が外国人になっているということでした。

このような激しい人口減少の中にあって、「売上と胃袋が直結」している火の鳥さんのような飲食業界は、売り上げ減少に歯止めがかかりませんでした。火の鳥さんでも手を打つことにした2017年はピーク時の70%まで売上が下がっていました。
売上減少に歯止めがかからない中、様々なデータ分析をした竹内講師は、西成地区の人口減少という根本原因を突き止めましたが、それを補う手立てが見つかりませんでした。
そんな時に、竹内講師は2017年前後から大きなキャリーバッグを引いた海外からの旅行者の姿が目立つことに気がつきました。
この海外からの旅行者の胃袋を掴もうと決め、インバウンド戦略に舵を切った火の鳥さんでは、来店客の40%をこの海外からの旅行者が占めるようになり業績は一気に回復、2017年から2019年までで売上は160%増となりました。

2019年の「居酒屋甲子園」で火の鳥さんは決勝まで上り詰め、11月13日の決勝では惜しくも優勝を逃しましたが、これからの明るい未来に、これからもっと日本の良さを発信していこうと希望に胸を躍らせていました。
しかし、その約1週間後の11月21日に、中国で新型コロナウイルスに感染した患者が出ました。
火の鳥さんのインバウンド戦略の中心が実は中国をはじめとするアジア系の旅行者だっただけに、当初から大きな不安を抱えていました。
結果、年が明けた2020年には日本でも感染者が出ると、瞬く間に世界的なパンデミックとなって、4月に初めての緊急事態宣言が発出されるに至りました。
行動制限に加えて飲食店に対しては営業自粛の要請がかかり、街から人影がなくなりました。
火の鳥さんのすぐ近くにある大阪「新世界」の繁華街、以前はほとんどのお店が24時間営業で、有名な派手なネオンが輝いて「眠らない街」と言われていたところも、ネオンの火は消え人もいなくなり真っ暗な街になってしまいました。

再び街に灯りをともす

火の鳥さんも人がいなくなった街で、それでも休んでしまったら終わりだと考えて、毎日交代で出勤して店を開け、お酒が提供できない代わりに昼のお弁当を作るなどして必死で続けていました。そんな中で竹内講師は始終「何かできないか」と考え続けていました。
そこで頭に浮かんだのが、コロナ前から何度か手伝ったことがある「子ども食堂」でした。満足な食事が摂れない貧困家庭の子供たちのために、ボランティアによる無料で食事を提供する子どもだけの食堂です。
多い時には30人ほどが食事をしていたのですが、コロナの3密回避政策のため、さらに食事を提供していたボランティアの大半が地域の高齢者だったこともあり、子ども食堂も閉鎖されていました。
その中である地域の子ども食堂から「お弁当を作れないか」という依頼が来ました。聞くと1食200円なので赤字覚悟の依頼なので、どのお店からも断られたという依頼でした。
それでも竹内講師は営業自粛のための補償をもらっていたことから「これが今の自分たちの仕事だ」と考え、快く引き受けました。

予算が無い中でも子どもたちに満足のいく食事を提供しつつ赤字にならないよう工夫をして作ったお弁当は大変喜ばれました。作る数も増えていき、さらにその評判を聞きつけた別の地域の子供食堂からも依頼が来て、いつもどこかのお弁当を作っているというほどになったのです。
数が増えたことで自転車ではなく自動車でお弁当を運ぶことになったのですが、持っていった先で子供たちが待っていて、運ぶのを手伝ってくれました。子供たちは皆んな笑顔で「このお弁当メッチャ美味しい」「また来てや」と喜んでくれる。
コロナで人と会えなくなっていた中でのこの喜んでくれる子供たちとの触れ合いが竹内講師の心に一つの確信を生み出しました。
「飲食店は街の灯り」
看板を点けて灯りを照らすことはできなくても、美味しい料理や心のこもったお弁当で色んな人の心を照らすことができる。街の灯りを消すわけにはいかないと竹内講師は心に誓いました。
竹内講師は自ら子ども食堂をやろうと決意し、周りの人に相談をし、協力者を探すことにしました。

ところが、周りからは「飲食店がやることではない」といった反対の声が多く、経営に影響が出ることを心配されました。
何とか子ども食堂を実現させたい竹内講師は色々なところでそのことについて語っていました。すると、全国の居酒屋と取引をしている業者さんから、同じような志を持って具体的に全国の居酒屋による計画(フードリボンプロジェクト)を進めているお店が東京の北千住にある、ということを教えてもらいました。
それを聞いた竹内講師は、いてもたってもいられずそのお店に直接電話をしてみたところ、知り合いの大島圭介さん(全国居酒屋甲子園の創始者)も絡んでの話であることも知り、だったら関西方面は火の鳥さんが中心になって進める、という話をしました。
そこで知り合ったのが元日創研で働いていた橋本展行さんで、橋本さんは子ども食堂を飲食店が組織的に運営するための一般社団法人ロングスプーン協会を立ち上げ、理事長として活動していました。
橋本さんは子ども食堂を始めたいがために日創研を辞めましたが、到底一人でやれることではないことを知り、日創研の時のクライアントであった大島さんに相談し、全国の飲食店が協力し合うことによる運営を提案され、一般社団法人設立に至ったということでした。

無くてはならない存在になる

近年企業経営の一つの考え方としてよく耳にするようになった「パーパス経営」ですが、パーパスとはどういう意味でしょうか。
パーパスとは直訳すると「目的」「意図」という意味で、そこから「何のために組織や企業が存在するのか」「社員は何のために働いているのか」という企業や仕事の存在意義を表す概念として使われます。
これは日本の企業における「経営理念」に非常に近く、価値観や経営者の思いなど経営をしていく上で「核」になるものだと言えます。経営理念はの本独自の言葉であり、英語には該当する言葉がありませんから、このパーパス経営の概念は経営理念と同じようなものであると考えられます。

経営理念に近いこの「パーパス経営」がここへ来て言われるようになった背景には、コロナ禍における医療従事者などの「エッセンシャルワーカー」の存在が大きく関係しています。
飲食店や美容室などの店舗での直接接客の仕事は常連客と言われるリピーターが売上の8割を占め、残りの2割が新規客という売上構成になっています。しかし、コロナ禍において特に飲食店は感染拡大とそれに対する自粛政策があったことで、その存在意義を問われるような事態となり、経営していく上での新たな支柱が必要となりました。そこで注目されたのがエッセンシャルワーカーと呼ばれる「必要不可欠」な仕事やその従事者の存在です。

無くてはならない存在になるためには必要不可欠な仕事をすることであり、竹内講師たちが始めた飲食店による子ども食堂の運営という仕事をすることがそれに当てはまったのです。
この仕組みは、飲食店が子ども食堂の食事のチケットを販売、それに賛同し支援しようというお客さんが購入することで、そのチケットで子どもが食事やお弁当がもらえるというもの。
つまり子ども食堂の運営が、食を通して子どもたちを守るという「必要不可欠」な仕事をする飲食店は無くてはならない存在であるとお客さんが認識し、支援するために来店するというこれまでになかった「支援客」という新しい支柱を生み出したのです。
竹内講師はこの取り組みを通して「人は誰かを応援したい生きもの」だということを強く感じたと言います。

また、このような明らかな社会貢献が仕事に組み込まれたパーパス経営はブランディングにつながるとも言います。
自分たちのためでなく社会のための仕事をすることで、お客さんだけではなくより多くの人が笑顔になります。さらに、対価を求めない「与える」ということを仕事を通して実感することで、現場の社員さんは研修以上の学びを得て成長します。そんな社員さんの姿を見たお客さんがここで働きたいと言って来てくれる。
あるいは、社会貢献をしていることや社会貢献の内容に賛同することで、同じ業態であっても選んで来店してくれるようになりました。

事を成すのは経営者の一念

ただ、これはコロナ禍に子ども食堂を始めたということだけのことではありません。
冒頭にあったように、火の鳥さんの経営理念は『元気と美味しいで笑顔を拡げます』、その目的は「100年先のための子どもたちの笑顔を残していきたい」というものです。竹内講師はご自身の若い頃の体験と日創研の可能思考研修との出会いを通して、成人前のすべての子どもたちの可能性と未来を守りたいという使命を持ち、若い人たちが元気で活躍できる場を作ってきました。だからこそ、その子どもたちの親を助けようと努力をし、そんな頑張るスタッフさんの姿に憧れてこれまでも大きくなってから入社を希望する子どもたちがたくさんいます。
中には小学5年生の頃から中学3年生まで不登校だった子がお店で働きたいと言ってきましたが、竹内講師は「学校にも行けない人がなぜここで働けるんや、高校受かってから来い」と突っぱねました。ただ、中学校と高校の校長先生に知り合いがいた竹内講師はその子の面倒を見てほしいとお願いをしたところ、その子はその次の日から学校に行き出し、努力した結果不登校の生徒向けのクラスがある高校に合格し、その後普通科クラスへの編入も果たしました。現在は高校を卒業して看護師を目指して専門学校に通いながらお店で働いています。

竹内講師のパーパス経営の原点は自身のこれまで持ち続けた価値観にあると言います。
それは「応援されるか、されないか」「笑顔になっているか、笑顔が拡がっているか」そして「敵をつくらないこと」だということ。そこから生まれた人財育成のための取り組みである「ジャブ100連発」という、ほんの些細なサービスを繰り返し行うことによってお客さんとのコミュニケーションをより豊かなものにしようとするものです。
コミュニケーションの本質は刺激に対する反応であるから、より豊かで笑顔になるコミュニケーションにするには、如何に良い刺激を与えられるかであり、そのために考え行動することが価値観にあった人財育成なのだということです。そして、この小さなサービスを繰り返すことで相手を笑顔にさせるコミュニケーションが火の鳥さんの特徴であり、地域の人たちから「火の鳥があって良かった」と言ってもらえるのが目標であり、お店の存在意義につなげていきたいと竹内講師は言います。

これまで火の鳥さんの経営を通して、現在求められているパーパス経営実現する上で大切だと感じるのは次の3つだということです。

・理念の追求(理念が無いと始まらない)
・なりたい姿を明確に(目指す先が無いと動けない)
・シンプルに(複雑だと動機づけされない)

すべては経営者の一念であり、経営者がどうなりたいのかをしっかりと持ち続けることが第一で、コツコツと与え続けていければご褒美として感謝されるようになる。
それが地域において、お客さんやスタッフさんなど関わる人にとって「無くてはならない存在」に繋がっていくのだということでした。

竹内秀樹講師、貴重なお話をありがとうございました。
また、ご参加いただいた皆様にも改めて感謝申し上げます。