トップダウン型マンワン社長

今回は元東京経営研究会の会員で、現在は北大阪経営研究会の室田正博講師の講話です。
室田講師が代表を務められる株式会社タカミエンジさんは1998年創業、法人向けの電気工事業をされています。
1998年に10年勤めた会社から独立した室田講師でしたが、経営がわかっていなかったために創業当初から自転車操業になり、同時に社員さんとのいざこざが絶えない状況に陥ります。
そんな悪戦苦闘の中、2010年に友人から日創研を紹介してもらい、2011年にはTTコースを受講、研修を通して朝礼や社内勉強会も導入していくことになりました。
また、2012年には東京経営研究会に入会し、室田講師が言うにはここでの「経営発表大会」が一番の学びとなり、大きく成長できたということでした。
TTコース修了後も学び続け、日創研の研修、経営研究会での生きた経営を学び、さらに公式教材を使って自主学習、という学びのスタイルを作ってきました。

学ぶ直前の室田講師は典型的な「トップダウン型ワンマン社長」であったといい、「やれ」か「やるな」の二つしかなかったと言います。また、当時の社内は5Sとは程遠い、雑然として汚い会社でした。
そんな中、日創研の研修を受講、2011年からTTコースを受講しますが、その研修内でチームの責任者をすることになり、「13の徳目朝礼」の各会社で導入するという課題に直面します。責任者はチームメンバーの導入進捗を管理しなければならず、当然自社も率先して導入しなければいけませんでした。
会議でも社長の一方的な「伝達会議」であった会社に無理やり「コーチング型朝礼」を導入したわけですが、当然のようにほとんどの社員さんは真剣に取り組んではくれませんでした。当時はすでに東京に進出していましたので、室田講師は大阪と東京を行き来していたわけですが、朝礼をやるのは室田講師が出社した片方の拠点でしか行われませんでした。

苦しい時期も学び続ける

ほとんどの社員さんが朝礼テキストに意見を書き込むことをしない中、室田講師は粘り強く書き込むこと、毎日やることを説き続け、室田講師にとってはテキストが「ありがとうカード」のように社員さんを労う場ともなっていました。
朝礼を導入した翌月には「理念と経営」の社内勉強会もスタートさせました。第1回目は室田講師が司会をし日創研で学んだ通りに進めていった結果、うまくいったように思えましたが、2回目はほとんど反応がなく、3回目ではほとんどが出席しなくなりました。現場仕事ですから、必ずしも社員さんが会社にいるわけではなく、現場で残業となった場合は帰ってこないこともあります。社内勉強会を開催する日は以前から日にちを決めていましたが、当日になって残業で帰れない、勉強会に参加できないという連絡が入ります。参加したくないことがわかるので内心かなり苛立っていましたが、TTコースを学んでいた室田講師は粘り強く待ち続けました。

ところが、朝礼と社内勉強会を導入して3ヶ月が経過、TTコース修了を目前にした時、突然一人の責任者が辞表を持ってきました。
彼は日創研の研修にも行くようになり、次の研修も行くと言ってくれていたのですが、彼の口からは「もうついていけない」というものでした。
さらに、その後しばらくすると今度は役員の一人が「彼が辞めるなら私も辞める」と言ってきました。結果的に当時9人いた技術者のうち7人が集団で辞めるということになりました。
朝早く夜遅くまで現場で働く社員さんにとって、朝礼や社内勉強会は負担が大きかった、ましてやトップダウン型で強引に「やらされる」ことが精神的に苦痛になっていたのだろう、と室田講師は振り返ります。
このことは仕事に直結し、仕事に穴を開けることになりました。顧客に信用不安を引き起こし、経営も赤字に陥りました。TTコース修了間際に退職者が出て、その半年後、東京経営研究会に入会した直後ごろに集団退職が発生しました。このことを考えると、自分が研修を受けてそれを強引に社内に持ち込んだことが原因であり、研修自体にも少なからず疑問を持っても不思議ではありませんが、室田講師は苦しい中でも学び続けました。
大阪で発生した問題だったので、東京経営研究会入会当時はなかなか参加できなかったのですが、仲間に心配して声をかけてもらい、熱心に指導をしてくれた先輩会員もいました。当時は苦しくて精神的に辛い時期でしたが、それだけに東京経営研究会が「安心できる場」であり、その時の関わりや指導に救われたと室田講師は言います。

社員さんと共に学ぶ

この時室田講師は決意し、自らが先頭に立って「やるべきことをやる」ことにしました。
大阪本社に毎朝一番に出社してトイレ清掃と倉庫の片付け、これまで社員さんに「やれ」と言ってきたことを自分でやることにしたのです。
さらに、毎日朝礼の司会をして徳目朝礼を率先垂範、自らが先頭に立って習慣化のためにやり続けました。同時に毎日会社には最後まで残って、全員にストローク(愛情表現、労い)を与えて全員が帰るのを見送ることもしました。これらも、それまでほとんどコミュニケーションがなかったことを反省して始めたことでした。
また、毎月「室田通信」というのを発行し、そこで自分の考えや社員さんへの感謝、さらには学んでいることやお勧めの書籍の紹介など多岐にわたって伝えています。勉強会の設問表もオリジナルのものを室田講師が作成し、現在も継続して社員さんと共に学び続けています。

現在この設問表は社員さんが作成し、その時の勉強会の司会もセットで新入社員に至るまで全員に交代制で取り組んでいるということでした。それでも以前はまだ室田講師自身が「勉強会をやっている」という納得性を得たいがため、参加者が集まるまで予定の時間を遅れたとしても待っていました。そうすると当然事務員さんなど社内で待たされる人もいて不満につながります。現在では自分のことより社員さんのことを優先し、決まった日時に始めてきっかり1時間で終わらせることにしています。さらに、社員さんが遅れてでも参加しやすいように、参加した時間に合わせた手当ても支給しているということでした。

徳目朝礼も現在は全員が朝までにテキストにコメントを記入しておき、大阪と東京をテレビ会議でつないで2拠点同時に毎朝朝礼をしているということです。先述の通り現場仕事なので、全員が毎朝会社にいるわけではなく、少ない時は大阪と東京の事務員さん2人だけの時もありますが、それでも必ず徳目朝礼をしています。
さらに、「昨日のありがとう」については、朝礼に参加できなかった社員に対してもSNSを使って全員に共有をしているということでした。この「ストロークの共有(感謝する、される)」は特に社員さんを引きつけ、円滑かつ積極的なコミュニケーションの醸成につながっているということです。

学びの成果

この徳目朝礼と社内勉強会という日創研の「公式教材」を使った取り組みを始めて得られた成果は大きく4つあると室田講師は言います。
一つは理念が浸透してきたこと、二つ目は学ぶ社風が生まれてきたこと、三つ目が幹部社員さんが積極的に職能研修に参加してくれるようになったこと、そして最後が業績がV字回復したというものです。
タカミエンジさんの経営理念は「共存共栄の精神でかがやく未来を創造します」、経営ビジョンは「社員満足100%」「顧客満足100%」「地域お役立ちNo.1企業」です。室田講師は朝礼や勉強会を始めると同時に定期的に社内アンケートを取るようにし、この経営理念や経営ビジョンにどれだけ近づいているかを測っています。
始めた頃は退職者も出るほどうまくいきませんでしたが、長く続けることで徐々に社員さんの学びが深まり、経営理念や経営ビジョンのへの理解が進んでいきました。最近のアンケートでは全員が理念に共感し、自分たちの仕事が理念に沿ったもので社会に役立っていると感じているという回答です。また、アンケートからは朝礼や勉強会が自分たちの学びにつながっていること実感し、そのことが幹部社員さんの積極的な研修参加につながっています。
注目すべきは、この学びによって業績がV字回復したことです。全社で取り組み出す前から業績の推移を見ると、導入後すぐに集団退職があったことで赤字経営に陥りますが、そのあとすぐに業績は回復し成長軌道に乗ります。その後業界でのバブル景気が起こったことで急成長をしますが一旦落ち込み、その後は安定軌道になりました。急激なV字回復もさることながら、生産性(一人当たり利益)が大幅に高まったこと、集団退職者が出る以前から比べると33倍もの違いが生まれていました。人数は減りましたが、その分一人当たりの生産性、仕事の質が高まったことが明らかで、それは朝礼や勉強会による学びの賜物だと室田講師は言います。学ぶことで理念に共感、ビジョンを共有することで会社が一つになり、一人ひとりが何をすべきか考え行動できるようになっていった証です。

学ぶ理由

現在室田講師は、20代の若手社員に対しては特に本に慣れ親しんでもらうために推薦図書を用意し読書感想文を書かせています。親しんでもらうためなので経営に関する難しい本ではなく、小説やプロスポーツ選手が書いた本など読みやすいものにしています。人から学ぶには限りがありますが、本はいつでもどこででも読めて多くの人の意見を知ることができます。でも、歳を重ねてから活字を読もうとしても簡単ではありません。自分の経験からも若いうちから活字に慣れ親しんでおくことで学びの土台ができると室田講師は言います。
そんな若手を含む多くの社員さんから「なぜ学ぶのか」という問いを幾度となくかけられました。学ぶ理由は4つあると室田講師は言います。
一つは「他社との差別化を人財で図るため」、二つ目が「自分自身や社員さんの潜在能力を顕在化させるため」、三つ目が「自分自身を陳腐化させないため(経営は下りのエスカレーターを上るようなもの)」、最後四つ目が「当たり前のレベルを上げるため」です。
大手企業ほど突出した技術や商品を持たない中小企業は価格で比較されやすい。そこから抜け出すためには人の価値を高めるしかなく、価値を高めるために学びます。
確かに学校で得た基礎学力に差があるかもしれませんが、学ぶこと、知ることで自分でも気づいていなかった興味関心、感情が芽を出し、それが行動につながることで能力となっていきます。
下りのエスカレーターを登るには登り続けなければならず、立ち止まったらその位置にいることはできず確実に下がっていきます。そのスピードは一定ではなく、刻々と変化していくスピードに対応していくためには体力だけでなく学ぶことで変化を察知して臨機応変に登らなければなりません。

室田講師は日創研で学び、経営研究会で多くの経営者に出会い、これまでの自分とはまるで違う、レベルの高い経営、会社を見てきました。そこに共通するのは、自分にとっては大変なことでもその会社、社員さんにとっては「普通」のことであるということをそれぞれ持ち、取り組んでいること。5Sや朝礼、勉強会など長く続けて習慣化し「普通」になってしまったこと。普通と感じるレベルに違いがあり、このレベルの差こそが会社の「質の違い」を生んでいる。この自分及び自社における「当たり前のレベル」を上げるために学ぶのだと室田講師は教えてくれました。
レベルとは平均値とも言えます。平均値を上げるためには社長一人が学んで頑張っても、会社全体の平均値はわずかしか上げられません。社員さん9人と社長が皆50点だったら平均50点。仮に社長だけが頑張って70点を出しても、社員さんが変わらなければ平均は52点。でも社員さんも社長も同じように頑張って55点をとれば、わずか5点のアップでも平均は55点になる。如何に社員さんと一緒に、全社で同じように成長することが大事かがよくわかります。「当たり前のレベル」を上げるためには社員さんを巻き込んで全社で学ぶことが大事なのだということでした。

目的達成のために

学ぶ理由のもう一つは、学びが「目的達成の適切な手段」だからだと室田講師は言います。
事業経営だけでなく、物事を成し遂げる上で必要なのは「目的」と「目標」です。目的とは到達すべき最終地点のことで経営理念やビジョンなど定性的に表されます。目標とは目的を達成するための通過点のことで、年度予算や客数、客単価のように定量的に表されます。室田講師はこれに加えて、目的と目標を達成するための手立てとして「手段」があると言い、技術や商品、サービス、さらには経営計画書などがそれにあたります。「目的を達成するために目標を定めて、手立てを打つ」これが経営であるということです。
ここで重要なのは目的は動かさないものであり、目標は動かすものだということ。目的を達成するために売り上げ目標を立てますが、仮にそれが達成できなかったとしても目的を変えるわけではありません。達成できなかった原因を調べて目標を再設定します。
気をつけないといけないのは目標が達成した時でも検証して正しく目的達成に向かっているかを確認しないといけないということ。それをしないと、目標達成したことに満足をして単により高い目標を設定するということをしてしまい、いつしか「目標の目的化」ということになってしまうからです。
そうしないためにも目標達成のための「手段」というのも明確にすべきだと室田講師は言います。なぜなら、目標は定量的(予算、客数、客単価などの数値)であるのが基本ですが、数字だけを追うと先述の通り達成してもしなくても目的がブレてくる可能性があるからです。そこで、その数値目標を「どのようにして達成させるか」という手段を考えることで、その手段が適切かどうか、「やり方」が間違っていないかを考察しやすくなります。
そして時には手段が目標になることもあります。例えば資格の取得、技術の習得などは定量的ではありませんが、目的を達成するためには必要なものであるならば目標と同じ「通過点」として捉えられます。いわば「手段の目標化」ですが、これはレベルが上がっていくと必ず直面します。特に経営者であれば、1プレイヤーとして数字だけを追っていても目的は達成されず、あるところで必ずマネジメント能力が必要になってきます。そのためには学ぶしかありません。つまり、学びこそが目的達成のための適切な手段であると室田講師は言います。

社長の一念が会社を変える

松下幸之助を始め、多くの著名な経営者が「企業は人なり」ということを言います。利益は企業存続の源泉であり手段ですが、その利益を生むのは人です。だからこそ人財育成こそが企業存続の条件であり、末端の新入社員さんまでを育てることができるかが今後利益を上げていって勝ち残っていけるかの絶対条件だということでした。
京セラ創業者の稲盛和夫さんが若い頃に松下幸之助のセミナーに参加して、ヒト・モノ・カネすべてにおいて余裕を持った経営「ダム式経営」の話を聴いて衝撃を受けました。それはまだ創業間もない、正に余裕のない中小企業の経営者だった稲森さんがどうすれば自分も「ダム式経営」ができるのかを考えた時、ちょうど同じことを質問した人に対しての答えを聴いた時でした。
「それは、まずダム式経営をやろうと思うことでしょうなぁ」
経営者自身がやろうと思えばできる、必ずやるんだという強い経営者の一念が実現させる、ということを稲森さんはその短い言葉から理解をし、結果として現在の会社を作り上げました。
このことからもわかるように、どんな会社にしたいのか、良い会社にしたい、社員さんを幸せにしたい、それらすべて「社長の一念」を持つかどうかで理想の実現は決まる、と室田講師は力強い言葉で締めくくりました。

最後に、同じような経験をしてきた舟木副会長からの感情のこもった謝辞が印象的でした。

室田正博講師、熱い講演ありがとうございました。
ご参加の皆様にも改めて感謝申し上げます。