今回も新型コロナウイルス感染防止の「緊急事態宣言」発令のため、「ZOOM」を使ったオンライン例会となりました。

講師は東京経営研究会の監事である田中正吾さん、この大変な状況下における経営者の在り方についてお話しして頂きました。

人類の起源にある「信じる力」

約16万年前のアフリカにおいて誕生した人類は、当初ネアンデルタール人とホモサピエンスという異なる種が存在していました。
ネアンデルタール人の方が屈強で狩りも得意でしたが、結果的にネアンデルタール人は滅び、ホモサピエンスが現代のヒトとして進化していきました。
ホモサピエンスがなぜ進化し続けることができたのか、それは「信じる力」を持つことができたからだと田中講師は言います。

「信じる力」とは目の前にあるもの(事実)だけを理解するのではなく、目の前にはないもの(虚構)を理解することです。
この「信じる力」が生まれたことで先のことを「予測」できるものが現れ、それがリーダーとなって社会を形成するに至ったということです。
つまり「信じる力」は人が持つ根源的な能力であり、人を人たらしめているものだと言えます。

宗教は特にそれを色濃く残したものですが、社会を構成する上での人間関係や夢や希望といった目に見えないけれども「信じる」ことで持続的な発展を遂げることがものを我々人類は獲得したというわけです。
進化の先に生まれた「理念」もこの「信じる力」によるものであり、本人だけでなく周囲の賛同者の「信じる力」によってそれは強力な組織を構成することができるということです。

田中講師は「信じる力」によって理念のもとに組織は作られるが、リーダーである経営者はそこにより一層高い「信念」や理念に「殉じる覚悟」が必要だと言います。
どこからか持ってきた一見立派な理念を掲げても、そこに経営者の魂がこもってなければ周りには伝わらないし信じることはできず、結果集団としての結束力が非常に弱くなってしまう。

目の前にあるものしか信じないで滅びたネアンデルタール人。
自分の身内のみ、自分が体験したことしか信じない、見えない先のことを信じることができないことから進化することができなかった。
理念を信じなくても、たまたま景気が良くうまくいったということはあり得ますが、それがずっと続くことはありません。
現在の状況はまさにそれを表しているわけですが、それだけにこの「信じる力」の強い組織、「理念」を信じて固い結束力のある組織は生き残るチャンス、進化するチャンスがあると田中講師は教えてくれました。

根本にある思い

田中講師が代表を務める株式会社アークビルサービスさんの根本理念は

「仕事を通して自立した人間を育む」

自立した人間とは

  • 自信を持つということを実感する
  • 社会は信じられるということを実感する

この2つが実感できるようになった人は自立できる。
自分で考え、自分で動くようになっていくので、若い時から育んでいこうというのが根本理念になっています。
実はこれには田中講師の生い立ちに関係しています。

貧しさからの脱出

田中講師のお父様は幼少の頃ある事情から両親と離れて育ちました。
ただ、家は裕福だったので教育はしっかりと受け、知識学識を得て成長しました。

昭和30年に田中講師は生まれますが、当時のお父様は終戦後に自衛隊に入隊したのですが上官と揉めて除隊、無職でした。
そんな中で製麺業の修行をしていたお父様は、その三年後の昭和33年に縁あってある製麺所を譲り受け、創業します。
当時は高度成長期の真っ只中ですから、飲食関係は何でも上手く行ったそうで、事業は順調に伸び、田中講師も小学生までは裕福な生活ができていました。

ところが、創業から8年後の昭和41年、田中講師が小学5年生の時にお父様のギャンブルが原因で借金を抱え、お店を売却することになりました。
そこからは家族4人が6畳一間に移り住むことを余儀なくされましたが、お父様は依存性であったためそれでもギャンブルがやめられず、田中講師は中学高校と貧困生活に陥りました。
さらに、田中講師が高校1年生の時にお父様は癌になり、その後はほとんど仕事ができない体になってしまいます。

田中講師は大学進学を考えていましたが家庭の事情を鑑みて商業高校から就職する道を選択しました。
就職が決まったある時、その就職先から案内が届き、そこに給料のことも書かれてあったのですが、大卒との違いに愕然としました。
それを聞いていたお父様が放った一言「高卒だからしょうがない」に田中講師の中にあったフラストレーションが爆発し、大喧嘩になりました。

そこで予備校に通って大学進学を目指すことになったのですが、希望していた東京の私立大学に行きたくてもお金がないこと、長男である田中講師には地元の松山に残って欲しいとお母様に言われます。
東京を諦め、地元に残ることにした失意の田中講師に、ある日突然幸運が巡ってきました。
よく通っていた知り合いの喫茶店のビラ配りをしていたところ、俳優としてスカウトされたのです。

芸能界からビジネスの世界へ

クリックするとYoutubeの歌が聴けます

とにかく松山から抜け出し東京へ行きたいと考えていた田中講師は両親に大学進学は諦めるから東京へ行くことを説得、念願の東京へ行くことになりました。
上京後は歌と踊りと芝居のレッスンを受け、声が良いのでレコードを出そうということになり昭和53年にレコードデビューを飾り、さらに翌54年には俳優デビューを果たしました。

しかし、その頃お父様が仕事ができない体でありながらギャンブルのために借金を続けていたことから、昭和58年両親共に上京させた上でお父様をギャンブルから引き離すようにしました。
そのようなこともあって、俳優業よりもお金が稼げることを考え、昭和61年31歳の時に友人とともに起業しました。

最初は求人広告の代理業をしながらビジネスチャンスを探っていきました。
創業した翌年には清掃業がとても効率の良いビジネスであることを知り、清掃業に転換することにしました。
ところが、それまでいた仲間はすべて辞めてしまい創業して1年で岐路に立たされました。

それでも田中講師は1年で会社をたたむわけにはいかないと、1人で清掃業の会社として立ち上げていき、その2年後にはより市場の大きいビルメンテナンスの事業に本格的に取り組み始めました。
創業から8年後の平成6年(1994年)には、それまでの孫請けから大手ビルメンテナンス会社の下請けに脱皮を図り、結果として創業時の目標だった売上1億円を突破させることができました。

平成9年(1997年)6月にお父様が亡くなられ、同じ年の9月に日創研を受講した田中講師は、そこで初めて内観からお父様に対する思いを見つめ直しました。
幼い頃から両親の愛情を受けないままに育ったことで健全な価値観が育まれず、そのため大人になってからも我慢することや相手を受け入れるということができず、ギャンブル依存に陥ってしまった、そんなお父様に対する悲哀の念を抱くに至りました。
その翌年にはTTコースを受講、ここで初めて「環境づくりに心を込めて」という経営理念を作成することになりました。

何のために働いているのか

この頃はバブル崩壊後の不景気からコストカットによる値下げ圧力が激しく、このままではいけないということで、平成12年(2000年)に飲食店経営(牛角)に乗り出しました。
ところが、翌年には狂牛病、その2年後にはアメリカのBSE(牛海綿状脳症)に襲われました。
それでも何とか乗り越えようとしましたが、そこで改めて田中講師の脳裏に「何のために働いているのか?」という思いがよぎりました。

目標数字を追いかけて、数字のためだけに「安易な気持ち」で始めた飲食業でしたが、環境によって赤字に陥ってしまった。
そこから「自分は何のために働いているのか」、という根本に思いが向き、根本理念作成に至りました。

改めてお父様の生い立ちを考えた時の「価値観教育」の大切さと、貧困を余儀なくされて育った田中講師自身の育った「環境」の大事さを考えました。
田中講師自身もそうであったように、入ってくる社員さんは他で断られたから来たという人で、なかなか自分に自信の持てない人が多い。
そういった人たちの「教育をして成長発展する場をつくる」ことこそが自分が働く上での思いであることに気づき、根本理念が生まれました。

「仕事を通して自立した人間を育む」

問い続ける

宇宙には「エントロピー増大の法則」という大原則があります。形あるものは崩れ、光っているものは錆び、「整った状態」は「乱雑な状態」の方向に動く。

生物も同じです。何もせずにそのままでいたら、酸化したり、形が変わったりする脅威にいつもさらされています。

できるだけ長く生き永らえるためには、絶え間なく変化しなければいけません。一年もすれば、あなたを形作っていた分子や原子は、あなたの中からはほとんどいなくなってしまっています。

それでも見かけ上、あなたはあなたであるように見えます。ジグソーパズルでたとえるなら、全部のピースが一度にごっそりと入れかわるのではなく、他のピースとの関係性を保ちながら細胞が一つひとつ入れかわっているからです。

全体的な絵柄はそれほど変わらずに、ピースを絶え間なく交換している。この状態が「動的平衡」です。

ここまでの話を聞いて、生物としての生命以外の何かを想像した人も多いのではないでしょうか? 会社の組織や建造物、都市、社会そのもの……。

そう、動的平衡は生命だけではなく、生命体が行うさまざまな活動にも見られます。

青山学院大学 教授 米国ロックフェラー大学 客員教授 福岡 伸一
(THE ACADEMIA https://theacademia.com/articles/otonalesson08

田中講師はこの福岡先生の話の通り、分解と合成を絶え間なく繰り返す「生命の法則」同様に、企業も「破壊と再生」を繰り返すことで生き続けることができる、その変化を止めると「死」に向かって坂を転がり落ちるように衰えていくと教えてくれました。

そのために、自らの人生を振り返り、何をやれと言っているのかという「問い」を持ち、そして「問い続ける」ことだと田中講師は言います。
すなわち「自らの使命を知る」ことで、そのための行動、変化を繰り返すことだということでした。
田中講師には会社があり、社員さんという存在があり、その「社員さんの幸せ」が使命でありライフワークであったということです。

では、今後社員さんをどのような人財に育んでいくのか。

一つは「知恵・考える力」を持つこと、これが「当事者意識力」を育み、「リーダーシップ」となる。
二つ目は「信じる力」を持つこと、これが「信頼関係構築力」を育み、「パートナーシップ」となる。
三つ目は「人の役に立つ力」を持つこと、これが「他者支援力」を育み、「フォロワーシップ」となる。

仕事を通してこのような力を持てるように社員さんを育てていく「人間性経営」というべき経営をこれからも続けていくと田中講師は教えてくれました。

 

田中正吾講師、慣れないZOOMでの講演ありがとうございました。
また、ご参加いただきました皆様にも改めて感謝申し上げます。