日本では2014年からサービスを開始したウーバー(ウーバー・テクノロジーズ)。日本では法規制によって本来のサービスが提供できているわけではありませんが、世界では広く利用され、同様のネット技術を駆使してこれまでの既存業種とは一線を画すサービスを提供する会社が増えてきています。ウーバーの出現によって日本のタクシー業界は大きな節目を迎え、大胆に変化することを求められました。
今回の講師は、その「黒船襲来」をイノベーションの機会と捉えてネット技術を大胆に導入、「全国タクシー」というアプリを開発して一躍有名になった日本交通株式会社の経営企画部長で、アプリ開発のJapan Taxi株式会社 社長室長である濱 暢宏(はま のぶひろ)さんです。
日本のタクシーは誕生して105年になるそうですが、その市場はバブル崩壊直後の1991年をピークに現在まで下がり続け、現在はピーク時の6割にまで縮小しています。今回はそのように縮小し続けるタクシー市場において如何にして生産性を向上させ、業績を上げることができたのかを教えて頂きました。

牧歌的な業界

タクシー業界というのは中小企業の塊で、数字で見てみると一目瞭然です。タクシーの台数が24万台(うち法人は19万台)、タクシー会社が6千社、単純平均で1社30台ほどしか所有していません。実際の保有台数による割合を見てみると10台未満の会社が全体の7割を占めています。濱講師の日本交通さんはフランチャイズをあわせて5千台ほどあるそうですが、これは極めて稀だということでした。さらに、大半が家族経営であるということも特徴の一つです。
タクシーという事業の費用構造は人件費が70%超という完全な労働集約型です。その上賃金も他の産業に比べて低いため、これ以上のコストカットも難しい。
一方でタクシーというのは公共交通機関であるため、いわゆる「規制産業」であり価格や車両の台数、営業時間を自由に決めることはできず、経営戦略は極めて限定的です。しかし規制産業であるがゆえに新規参入がほとんどなく潰れることはないため、業界全体が緩く新しい風も入ってこないためにどの会社も「牧歌的」な経営になっていました。
そこにウーバーを始めネット技術を駆使した海外からのニューカマー、新ビジネスが押し寄せ既存のタクシー市場を狙っています。これはタクシー以外の、airb&bに代表される旅行業界などにおいてもおこっており、それら海外からの新ビジネスに対する需要によって日本の規制が変わろうとしているため、これまで「牧歌的」であったタクシー業界に大きな変化が求められているのです。

課題が多い業界こそやり甲斐がある

講師の濱さんは大学卒業後に家電メーカーのシャープに入社し、携帯電話などの家電とそのサービス(家電×サービス)の技術開発に携わっていました。その間にMBAを取得、その際に日本タクシーの当時のサービスの課題を研究したことが縁で「車両×サービス」というタクシーの可能性、魅力を感じて日本交通に入社しました。
入社前は周囲から「なぜ規制産業で縮小市場のタクシー会社へ?」と疑問視されましたが、濱講師は「課題が多い業界ほど面白いしやり甲斐がある」と考えていました。入社して実際にそこで働く人たちや業界内の人を見て想像以上の旧態依然とした様子に驚きつつも、入社1年目から変革「しまくった」そうです。
「車両×サービス」に可能性がたくさんあることを感じていた濱さんはLINEやYahoo!といったネット事業者やタクシー以外の事業と組んで新たなサービスをどんどん開発していきました。
さらに、規制に対しても変革を求めました。結果はそれまでの初乗り運賃730円を410円に下げることができました。これは業界と行政を同時に動かす必要があったので大変なことでした。濱講師は毎年運賃変更をルール化している英国のロンドンタクシーのことを知り、業界の経営者に英国まで一緒に行ってそのメリットを知ってもらうことで多くの賛同を得ることに成功、それを元に行政にかけあって値下げを実現しました。
また、ウーバーなどの海外勢が日本の資本と結びついて動き出しているのを見て、日本交通だけでは太刀打ちできないと考え、日本のタクシーの8割を占めるトヨタ自動車から「全国タクシー」に対して資金を拠出してもらうことに成功、トヨタの後ろ盾によってさらに多くのタクシー会社が参加しやすいようにもなりました。

テクノロジーがお客様との距離を縮める

濱講師がこれらの変革を成し遂げていく上で前提となったタクシー業界の課題、それまでの業界の常識に潜んでいた「ムリ・ムダ・ムラ」について教えてもらいました。
まず、タクシーという仕事は2つの勤務体系(日勤と隔日)と3つの営業方法(流し、乗り場、無線)が基本にあります。日本交通さんでは隔日勤務(1回21時間勤務、翌日休み)と無線営業に力を入れています。
近年タクシー業界に対して巨大資本が動いている理由はこの無線営業の劇的変化にあります。無線営業は1960年に開始されましたが、当時は単に本部のオペレーターと車両が無線で繋がっているというだけで、正に「顔の見えない」コミュニケーションツールでした。お客様から本部へ注文が入り、走っている車両に言われた場所を無線で呼びかけ、近くを走っている車両から応答があったらお客様におよその待ち時間を伝えて待機してもらう、というもの。しかしタクシーは距離によって運賃が変わるため、連絡を受けた時間と場所から行き先を想定して長距離だと判断した運転手が遠く離れた場所にいながら注文を受けてしまい、お客様を長時間待たせてしまって結果的に会社の評判を落とすということが多々ありました。それが劇的に変化したのが2005年からのGPSによる位置情報の把握という技術でした。これによって車両の位置がわかるようになり、お客様に近い車両を的確に捉えることができるようになりました。さらに2011年からは(アプリを通じて)お客様の現在地まで正確にわかるようになり、待ち時間の短縮というサービスの質が向上しました。
タクシーの一番の強みは実は「流し営業」にあり、他の交通機関と違って「どこにいてもそこにいるタクシーをつかまえて乗ることができる」というところにありました。だからこそ「流し営業」がタクシーの仕事の中でも一番価値が高かったわけですが、このGPSとアプリという技術によってその価値は下がり、一方でタクシーの将来的な可能性が注目されるようになりました。
生産性向上の原動力はチエと執念
ここで濱講師から「ムリ・ムダ・ムラ」の定義を示してもらいました。

ムリとは、負荷が能力を上回っている状況(負荷>能力)、
ムダとは、逆に負荷が能力を下回っている状況(負荷<能力)、
ムラとは、ムリとムダの両方が混在して時間によって表れる状況をさす。
(グロービス経営大学院)

続いて「生産性向上」の定義です。

「売上高÷投入金額」
1.分母(投入資源)を減らし、分子(売上高)を維持することが「効率化」
2.分母(投入資源)を増やし、分子(売上高)を増やすことが「投資」
3.分母(投入資源)を増やさず、分子(売上高)を増やすことが「生産性向上」

生産性向上の原動力は、カネではなく、チエと執念だと濱講師は言います。
濱講師が日本交通において生産性向上を図る時に最初にしたことは
「方針と、解決すべき課題と目標を言語化して、共有する」
ということでした。
それまでのタクシーの一番価値の高い仕事は「流し営業」であり、それが「常識」でした。つまり実際に中心である運転手さんの意識や理解を変えることができれば生産性の高い仕事ができるようになる。濱講師は技術進歩による無線営業の可能性を理解していましたから、如何にこれまでの現場の「常識」を変えるかに集中しました。具体的には、「無線営業」は生産性向上の成果が出やすいということを定量定性面から根拠を示し、無線重視の方針を打ち立てること。さらに、「無線営業による配車数を最大化するには?」「月間配車台数50万台を成し遂げるには?」という明確な目標を掲げ、掲げ続けるということでした。
ただし、目標を掲げてオペレーターには「電話を取れ」運転手には「(無線を受けて)了解しろ」と指示を出すだけでは結果は出ません。無線営業にはお客様とオペレーターと運転手の3つの要素がそれぞれやり取りをして結果が出るものなので、必ずそのプロセスに目を向けて何が起こっているのか、どこに問題課題があるのかを確認しなければいけません。濱講師は実際にそのプロセスを図にまとめて可視化し、問題箇所を明確にして全員に共有しました。無線営業開始以来このようにプロセスを可視化したのは初めてで、無線営業とはそういうものだというやはり「常識」があったということでした(雨の日が少なかったから、など)。
プロセスを検証したところ、お客様から注文を受けるところにも、配車手配の時点でも問題があることがわかりました。一番の問題はお客様からの注文の電話の多くを取りこぼしていることでした。つまり、お客様が電話をしても繋がらない、話し中の状態があまりにも多いということでした。その原因は2つあり、一つは電話回線数が限られていたこと、もう一つは注文以外の電話(クレーム、問い合わせ)も同じ番号で対応していたことでした。
配車手配時の問題も2つあり、一つは時間帯の需給アンバランスでした。これも業界内の間違った「常識」で、タクシーのお客様は終電を逃した人が一番多い、つまり夜のほうが需要があると考えられていましたが、調べてみると圧倒的に朝のほうが多いのにほとんどタクシーがいないという状況がわかりました。もう一つは無線を受け付けない運転手さんがいることでした。これには理由があり、無線を受け付ければ確実に売り上げがあがりますが迎車の時間がかかる、行っても別のタクシーを拾ってお客様がいないということもある。それなら目の前で手を上げている人を乗せたほうが良い、その方が確実で流し営業に慣れた運転手さんなら売り上げも上げやすい。仕事の仕方が属人的なので、なかなか会社のための全体最適になり得ない体質の問題が潜んでいました。

論理と情理で人を動かす

無線営業を強化する上で現在の仕事に存在する問題がわかったので、あとはそれを解決させるために濱講師は新たな取り組み、特にこれまでの「常識」として不変だったところににチャレンジしていくことにしました。
電話での注文を受け付ける前段階の問題、繋がらないという問題に対しては回線数を増やすというのが唯一の解決策ではありますが、リアルに回線数を増やそうとするとかなりの費用がかかることがわかり、ここでもネット技術を使って「クラウド上の回線」を通信会社と共同で開発し費用を押さえつつ、逆にお客様を選別(常連、新規、急ぎ、予約など)して対応できるようにすることで利便性を向上させることに成功しました。
一方、配車側の問題については、システムではなく人の管理が課題でしたので、単に理論理屈だけではうまくいきません。時間帯における需給バランスを夜型から朝型に変えるには運転手さんの勤務シフトを変える必要があり、長年同じやり方で働いてきた方からは当初反対されました。濱講師が驚いたのは、朝型の方がお客様が多いので売り上げもあがるということを伝えても反応は薄く、むしろ長年慣れ親しんだ毎日の「ルーティーン」を変えたくないというものでした。それがわかってからは、濱講師は全体よりも個別に、急がずじっくりと相手の話を聴いた上で理解してもらうよう努めました。結果的には、変えたことによるメリットの方が大きく納得して取り組んでもらえたということでした。
もう一つの問題、「無線を取らない」というのはさらに属人的な仕事に潜む、組織の利益よりも個人の利益を重視した運転手さんの管理が課題です。この解決策としては運転手さんへの指導ということになりますが、グループ全体の乗務員数が8000人を超えている日本交通にとってそれは不可能。そこで濱講師は全員の行動データ(ログ)を取り、数値で可視化することにしました。そして無線を多く取る人に対しては優先的に仕事を回し、取らない人に対しては完全に無線を止めて深夜など無線が無ければ仕事にならないという状態をペナルティとして与えることにしました。さらにログデータ(何時、どこで、どう行動したか)があることでよりピンポイントで指導することが可能になり、結果的に全体が緊張感を持って仕事ができるようになりました。
一見厳しいように思える施策ですが、会社の方針に則って行動し会社の利益に貢献した人が正しく評価されるようにもなり、以前の「牧歌的」な経営から方針や目標を全体で達成させる組織的な経営に脱皮することができました。

選ばれるタクシー会社を目指して

この濱講師が行った生産性改善への施策をまとまてもらいました。

1.解決すべき課題(What)を言語化
実は各部署各担当者の頭の中には問題視しているものがあるのですが、それをプロセスにおける課題として言語化・可視化することで共有することが改善の第一歩
2.業務プロセスを検証可能な最小単位に因数分解
業務プロセスの改善をするには業務を細かく仕分けた上で結果検証をした方が原因を特定しやすくなり、改善活動も継続して行いやすい
3.異常箇所(Where・When)/ 不正(Who)の特定
行動・活動の可視化(データ化、数値化)し、それを蓄積することで他とは異なる問題箇所を見つけることができる
4.隠れた前提を疑う(夜儲かる/繋がらないは当然/勤務時間は不動)
業界内での当たり前、通説、都市伝説はその正しさを必ず証明しなければならず、証明できないものは変化を嫌った言い逃れに過ぎない
5.原因(Why)究明
あらゆる前提を排除した上で真因を突き止める
6.小さく手を打つ(最前線に乗り込む、面倒な人から逃げない、口コミ)
いきなり大きな成果を求めて大きな変化をするのではなく、変化の牙城を少しずつ崩していくこと、反対派の小さな要求を叶えることで変化を受け入れやすくなる
7.検証情報を共有
小さな変化でも全体に共有することでそれぞれが新たな理解を得て、それぞれの中で新たな変化が生まれてくる
8.全体を変えていく

最後の質疑応答の中でタクシーの将来について尋ねられた濱講師は、まず最初にウーバーなどの新たなスタイルのタクシーやAIによる自動運転タクシーなど競合が増えることは危機感よりも歓迎だと答えました。それは、業界全体が緊張感が高まると同時に活気づくし、自分たちが目指している「選ばれるタクシー会社」に合致しているからだということです。冒頭に説明があったように、これまでのタクシーは「流し営業」がメインで、お客様も会社を選ぶということはしなかった。でも今はテクノロジーによって「ムラ」を無くし、何時でも何処でも「いつもの」サービスを提供できるようになってきたので、お客様はタクシー会社を選ぶことができるようになった。ただ乗せるだけではなく、お客様の色々な要望に応えられるか、会社としてそれを安定して提供できるところが選ばれる。業界全体が目指していた姿になりつつあり、新たな競合が入ることでそれが加速度的に変化していくことは喜ぶべきことだということでした。
また、将来的に自動運転タクシーが増えたとしても人によるサービスは無くならないし、逆に人だからこその「おもてなし」サービスは選ばれるポイントになる。同時にいざという時の対応の「安心感」も選択時の大きなポイントになってくる。それら現在の「強み」もより研ぎ澄まされていくことになるので競合の存在は有り難いことだということでした。
家電メーカーで「家電×サービス」という製品の利便性を高める開発で実績のある濱講師がタクシー業界においても「車両×サービス」に取り組まれ、業界に存在する「ムラ」を無くすことで見事に成長市場へと変えることに成功しました。テクノロジーをうまく利用して新しいサービスを開発したことも多大な功績ですが、それ以上に長年業界で「当たり前」とされてきた慣習や仕事の変革に挑み成し遂げられたことこそが正に今回のテーマである「イノベーション」そのものでした。そしてその成功のカギは濱講師の執念とコミュニケーションにあったということがよくわかりました。

濱暢宏講師、ありがとうございました。
また、参加頂いた多くの会員の皆様にも改めて感謝申し上げます。