第一部
今回の例会は二部制で、一部は例会に先んじて行われた勉強会「ニューノーマル時代の事業設計」で学んだ成果を発表するということで、勉強会の参加者代表として当会の副会長である笠原智久さんが発表をされました。
この勉強会は今回の例会担当であるありがとう経営推進委員会の副委員長 寺門聡一郎さんが講師を務め、4回にわたってニューノーマル時代のための「シン・ビジネススタイル」を構築しようというものでした。
笠原さんの発表後に講師の寺門さんよりこの「シン・ビジネススタイル」についての解説がありました。
そもそも「ビジネスモデル」ではなく「ビジネススタイル」としたのかということについて、これまでのように「やり方」から考えるのではなく、「自分は何がやりたいのか」あるいは「自分らしさ(が発揮できるものとは)」といった「自分に合ったスタイル」から考えようというところからスタートしているものだということでした。
それを考えるプロセスは4つのプロットで構成されます。
「手放す」「定める」「組み立てる」「伝える」
そして考えるテーマは「未来の理想とする自分の姿(あるべき姿)」です。
新しいビジネスを考えようとする時、これまでの考え方というのは現在起こっている問題課題(今できていないこと)をつぶしていくための「やり方」を探そうとしていました。
これだとどうしても過去の延長線上からしか考えることができず、新しい発想は生まれてきません。
そこで過去に引きずられないためにも今できていないことの解決方法を考えるのではなく、まずは「未来の理想とする自分の姿(あるべき姿)」を思い描き、そこへ至る道程を逆算して考えることで現状から理想までのギャップ=問題が見え、その問題に対する解決策を考えることで「これまでとは違う発想」をすることができるというものです。
では、「未来の理想とする自分の姿(あるべき姿)」はどうやって思い描けば良いのでしょうか。それは、それぞれが持つ「人間観(自分の在り方)」「仕事観(仕事の在り方)」「人生観(生活の在り方)」について自分んはどう在りたいかを明確にすることによって「わたしらしさ(自分らしさ)」が見えてきます。
この「わたしらしさ」を生かした行動が幸せな生き方につながっていくので、この「わたしらしさ」を念頭に置いて未来の自分の姿、つまり自分として、仕事において、生活においてどう在りたいかを思い描くことで新しいビジネススタイルが見えてくるというものでした。
勉強会の成果発表をしてくれた笠原さんは、物流業界にあって現在求められている持続可能な取り組みに対して自社だけでなく業界全体として取り組むこと、自社がその旗振り役になって取り組むことが未来の理想的な姿であるとしました。
それは、今回の勉強会の中で現在取り組んでいる「循環型物流」に対して、改めて3つの価値観をご自身の中で問い直してみたところ、自分がリーダーとして輪の中心になって周りを巻き込みながら皆んなで幸せになることが自分のあるべき姿、在りたい姿であることを実感したからだということでした。
第二部
第二部はお馴染みの高畑欣哉レクチャラーによる講義でした。
今回は現在私たちの中で蔓延してしまっている「コロナ脳」という凝り固まった考え方を捨てて、現実と未来を考えてみようというのが大きなテーマです。
エクスポネンシャル
最初に示されたのがマイクロソフトCEOが語った「この2ヶ月で2年分に匹敵するほどのデジタルトランスフォーメーションが起こった」という言葉でした。
これはつまり、コロナによって生活や仕事に大きな変化が起こり、私たちはそれに対して「新しい未来が来た」かのように考えてしまっているところがありますが、実はそうではなく、コロナ前から起こり始めていた変化であり、それがコロナによって加速度的に変化したということを示しています。
高畑講師は「エクスポネンシャル(exponential)」という言葉でこの変化、今後起こりうる変化について説明しました。
エクスポネンシャルとは「指数関数的」という意味で、簡単に言うと急激な変化の起こり方のことになります。
これまでの直線的な変化、つまり人が経験を積み重ねることによって足し算あるいは掛け算的に変化してきたのに対して、技術進化による変化はある点(技術革新)によって指数関数的、いわば「考えられないほど」急激な変化を起こしているということです。
わかりやすい事例として通信技術の進化があります。
1937年にモールス信号が発明されて以来、通信の歴史が始まったわけですが、インターネットが世に現れたのが1982年ですから現代に至るまでに約140年かかっています。
ところがその8年後の1990年に携帯電話が登場し、その17年後の2007年にスマートフォンが登場することで通信技術の概念は大きく変わって身近で「生活必需品」となりました。
インターネットの前後の時間と変化を見てみると、140年に対して登場後はわずか25年で概念を完全に変えてしまっています。
自動車に至っては、コンピュータ制御の技術が開発されるまでに約200年かかりましたが、IT企業が参入後はわずか10年で商用配車サービスが開始され、今後はさらに自動車の概念を大きく変えることになることが予想されます。
AIの進化がこれからの社会を大きく変えていくことは間違いありませんが、私たちが注意しなければならないのはその変化の速度です。
AIは今後色々なところで「人知」を遥かに超えた進化していきますから、あらゆる分野でこれまでの概念が変わっていきます、それも数年単位で。
これをピンチと捉えるかチャンスと捉えるかはそれぞれですが、まずは私たちの思考をこれまでの経験値で捉えるのではなくこのエクスポネンシャルで捉えることが大事だと高畑講師は言います。
未来はピンチかチャンスか
2013年にオックスフォード大から「10年~20年後には47%の人の仕事がなくなる」、調査した702の仕事のうち47%がAIや機械によって取って代わられる、というショッキングな発表がありました。
ただし、マニュアル化して管理できる仕事はAIや機械に取って代わられると考えられていますが、アイデアや情緒的でクリエイティブな仕事は残るとされています。
なくなると言われている仕事も現在はまだ健在です。
しかし、この変化が現在進行中で先述の通り技術的革新によって社会がガラリと変わってしまう日が来ることを誰も否定はできません。
それが理解できるなら、今からでもその変化の兆し、技術によって現在どのようなことが起こっているのかを感知しておくことが大切だと高畑講師は言います。
それを知る上で現在起こっている変化を「働き方」「買い方」「過ごし方」で説明しました。
まず「働き方」ですが、コロナ禍で大きく動いたのがオフィスです。
行動制限がかけられリモートワークが推奨されたことで働く環境は大きく変化しました。
移転計画は抑制され、オフィスを退去あるいは売却する動きが顕著に現れました。
同時にコロナが終息してもテレワークを継続する意向を示している企業は大手ほど多い。
さらに、欧米ほどではありませんが、日本でもフリーランスが増加傾向にあります。
フリーランスには個人事業主から勤めているが個人でも仕事もするという副業までがありますが、リモートワークの実現によって決められた場所で仕事をする必要がなくなったことで個人の働き方の幅が広がったことを表しています。
別の統計からは職種の変化も示しています。
職業別就業者数の変化を見たものからは、いわゆる「外回り営業」という職種が衰退し、代わりにネット通販に関わる職種(営業・販売事務従事者)が大きく増えてきているのがわかります。
統計によると2000年を境に外回り営業をする人員は大きく減少傾向にあり、それに代わるようにネット通販で売るための人員が急激に伸びています。
これらのことから今後予想されるのは、これからの職業選択の要素や地方での就業数が変わってくるかもしれないこと。
さらに、地方での就業や移転・移住が増えることで地方の地価が上がってくる可能性もあります。
自宅いながら普通に働ける仕事が出てきたら(それが”普通”になったら)、あるいは地方にいながら大都市圏の企業に勤められるようになったら、それは自分達の会社とってピンチなのかチャンスなのか、ということを考えなければいけないのが現在だと高畑講師は言います。
次に「買い方」の変化について。
B to Bのバイヤーに対するある調査(2014年)では、購入する際に「営業マンに会って話したい」と答えた人はわずか12%しかいませんでした。
では、どうやって購入するのかという質問に対して71%の人が「オンライン・電話で”自分”が調査し購入を進める」と答えました。
この他にも購入についての行動は検索から始まると答えた人が92%、68%の人が自分でオンラインで調査することを好み、60%の人が営業担当者とのやり取りを好まないと答えています。
さらにベンダー、つまり販売する側のことをSNSを通じて学び、選択基準や購入先の候補はデジタルコンテンツだけで決めているという人が60%以上いました。
また、2020年コロナ禍における買い方の比較では、リアル店舗での購入が高かった家具や衣服もネット購入が大幅に増加しているという結果が出ています。
衣服については、リモートワークに伴って画面に映るトップスは売れているが、画面に映らないボトムスは売れないといった特有の変化も起きています。
さらに、グーグルの調査ではこれらネットの活用が日常的になることで消費の形態が「パルス型」消費といわれるものに変わったと言います。
これはネットを日常的に使うことで、暇つぶしにネット検索している時に偶然出会った情報によって「衝動的」に購入するというのが日常的な消費活動でも行われているということです。
このように、商品を買う場所や時間そして相手が変わり、支払い方も変化しています。
これが一時的なことではなく、これから益々その傾向が高まり”普通”になったとしたら、自分達の会社にとってピンチなのかチャンスなのかを考えなければいけません。
「過ごし方」の変化について、最初に高畑講師が示したデータは独身者数の増加傾向についてで、将来的に日本の半数が独身者になることを示唆したものです。
男性の3割は生涯一度も結婚をしないといいます。
この予測を裏付けるものとして挙げられたのが映画配信サービス、いわゆる有料動画の会員数で、コロナ禍によることも当然考えられますが、それ以上に家族構成の変化によって「過ごし方」が変わってきたことが考えられるということです。
特に注目すべきは、18歳から34歳という今後消費の主役となってくる世代の動画視聴時間がそれより上の世代に比べて2時間以上も増えていることです。
動画の視聴時間が2時間以上も増えたということは、その世代の多くの人が1日の大半をネット上で過ごしていることを意味しています。
いずれ1人で過ごす人が半数を占め、その人たちが生活時間の多くをオンラインで過ごすという時代がやってくることが予測されますが、それは自分達の会社にとってピンチなのかチャンスなのかを考えなければいけないということでした。
「働き方」「買い方」「過ごし方」についてこれから起こるであろう変化を見てきましたが、それらがピンチになるかチャンスになるかはそれを考えるそれぞれの会社次第です。
高畑講師が言うには、ピンチかチャンスかというのは「捉え方」ではなく、未来に起こるであろう変化をより具体的に予測し対応しようとするかだということです。
未来の予測に対して何もしなければいずれピンチとなり、対応しようと準備し行動すればいずれチャンスが訪れる、というわけです。
ビジネスの出発点
では、来るべき未来に向けて新しいビジネスをどのように考えれば良いのでしょうか。
高畑講師はピーター・ドラッカーの言葉「ビジネスの出発点は一つしかない、顧客である」の通り顧客について知ることからだとして、これからの顧客と求められるものについていくつかのヒントを出してくれました。
その一つが「CSV:クリエイティブ・シェアード・バリュー」=共通価値の創造です。
これは社会課題の解決、つまり全ての人にとって共通する問題課題の解決=全ての人に共通する価値の創造こそが今求められていることだということです。
SDG’sが示すように今や「経済(成長性、生産性)」「環境(資源の節約、汚染対策)」「社会(公平・公正、従業員福祉)」というのはやらなければならないものを超えて「当たり前なもの」になりつつあるということでした。
それを如実に示す事例としてある世界的企業が販売するチョコレートの外装についての決定があげられました。
プラスチックごみの問題が叫ばれる中、この企業はその外装をプラスチックから紙パッケージに変更し、年間で380トンのプラスチックを削減させました。
この中で注目すべきは紙パッケージに変更することによって生じるコストについて誰一人意見を出さなかったということです。
つまり一企業のコストよりも環境問題への対応について全員が「当たり前」だと考えていたということです。
このことから「CSVはテクニックではない」と高畑講師は言います。
これはこれまで経済成長のために無視されてきた「社会のニーズ」であり、コロナ禍以降人々の意識は経済よりも社会全体にとって最適なものを選ぶようになるということを念頭に置いておくことだということでした。
次に挙げられたのが「顧客インサイト」です。
インサイトとは「自分でも気づいていない行動のスイッチ」のことで、人はなぜその商品を買ったのか」「なぜ買わなかったのか」の本当の理由を実はわかっていないので、それを知ることからビジネスは始まるということです。
iPhoneを創ったスティーブ・ジョブズは
「人は形にして見せてもらうまで、自分が何が欲しいのかわからないものだ」
と言い、自動車メーカーのフォードの創業者ヘンリー・フォードは
「(まだ自動車が無い時に)もし私が顧客に何が欲しいのかと言う事を尋ねていたら、彼らは”もっと速い馬車が欲しい”と答えていたことだろう」
と言っています。
「顧客は1/4インチ径のドリルが欲しいわけではない、1/4インチの穴が欲しいのだ」
とハーバード・ビジネス・スクールの教授も言っている通り、顧客が求めているのは商品ではなく「その穴によって得られる」効能や効果あるいは問題の解決なのです。
顧客インサイトを探るヒントは「n=1(対象者1名)」、つまり大規模な統計データから見るのではなく、目の前の人間を観察し、より深くその人を知ることだと高畑講師は言います。
では誰を観察すれば良いのか、それについてはアメリカのある起業家支援のベンチャーキャピタルの元社長が述べています。
「誰がその製品を欲しがっているのか? ベストの答えはそれが起業家自身であること、次に良いのがターゲットユーザーをものすごく理解しているとわかる解答だ」
つまり、顧客の真の欲求に辿り着くためにはその顧客の近くに行き、観察し、自分ごとにすることでより深くその顧客のことを知る努力をしなければならないということでした。
ヒントの3つ目は「デザイン思考」です。
これは簡単に言うと「変化を生み出すモノの見方、考え方を習慣化」しようとするもので、全く新しいものを考えだそうとするものではなく、高畑講師は「1を0にして、再び1にする活動」と言います。
今までのものを振り出しに戻し(1を0にする)、これまでとは違うものを組み合わせて新しいものにする(再び1にする)ということです。
具体的には先ほどのインサイト=真の欲求を知ることから始め、技術やノウハウから実現可能性を探り、それが持続的に行えるか=ビジネスとなり得るかを考えます。
この3つ(真の欲求、実現可能性、持続可能性)が揃った解決策(デザイン)を考えだそうという取り組みがデザイン思考であり、決してクリエイティブなことだけを差しているわけではありません。
大切なのは手法ではなく「習慣」だと高畑講師は言います。
顧客の課題に目を向け、常に新しい手法にチャレンジするマインドこそがイノベーションの源泉になるのであり、そのためにもこのデザイン思考を習慣化することこそ新しいビジネスを生み出すということでした。
新しいビジネスの潮流
では現在のビジネスシーンではどのような考え方やアイデアが生まれているのでしょうか。
高畑講師はあるアメリカの調査会社が発表した興味深い調査結果を示してくれました。
「2022年までに、世界のGDPの60%を越える部分が、デジタル化によって後押しされた製品やサービス、オペレーション、協業関係による成長によってもたらされる。そのため2023年までに、90%の企業がデジタルネイティブなIT環境を構築する」
「2023年までに企業は第3世代のプラットフォームにIT費用の70%を支出するようになる」
デジタルネイティブとは学生時代の時からインターネットやパソコンのある環境で育ってきた世代のことで、日本では1980年前後生まれ以降の人を指します。
来年2022年までに、生産されるものの半分以上がデジタルに関わるもので作られ、その結果2023年までに、ほとんどの企業がデジタルによって運営されるビジネスに携わっている、と予測しています。
また、「第3のプラットフォーム」とはクラウド、モビリティ、ビッグデータ、ソーシャルをビジネスの基にしたもので、やはり2023年までに大半の企業がそれらに多くの費用を支出するとしています。
高畑講師は今後新しいビジネスを展開する上ではこれら4つのデジタル領域を既存の事業に掛け合わせ新しい価値を創造していくことが求められると言い、これが今求められている「デジタルトランスフォーメーション(DX)」だということです。
注目すべきは、デジタルネイティブの人たちがすでに現在のビジネスシーンを牽引しているという事実です。
Amazon(1994年)、Google(1998年)を始め現在すでに多くの「デジタルネイティブ企業」が世界を席巻し、これまでとは異なる文化を生み出して行っています。
デジタルネイティブの人たちはそれ以前の世代とは育った環境が違ったことからこれまでとは異なる価値観で仕事をし、これまでとは異なる文化の企業を運営しています。
従来のの持続的イノベーション型企業(積み重ねた経験から変化を起こす)がこのデジタルネイティブ企業を表面的に模倣しても、価値観や文化が異なるため絶対上手くいかない、と高畑講師は言います。
それよりもデジタルネイティブ企業が現在から起こしている「潮流」を知り、自社の事業に先述の4つのデジタル領域を掛け合わせるヒントを掴むことが大切だということでした。
潮流1:データドリブン(data driven)
デジタルネイティブ企業ではあらゆるものがデータ化され、数値化されています。
経営、マーケティング、顧客行動などすべてが数値化され、それらのビッグデータを分析し意思決定していきます。
このようなデータのみで意思決定や課題解決をしていく業務プロセスのことをデータドリブンといい、これまでの企業とは大きく異なるところです。
そのうちの一つが「セールスファネル」です。
これはマーケティングの一種ですが、潜在顧客が商品を購入するまでのプロセスを興味・比較検討・購入などのステップにわけ、漏斗(じょうご)に例えて定義したものです。
繰り返しますが、デジタルネイティブ企業は購入プロセスの各ステップごとの数値をデジタルITを通して把握しているので、各ステップの課題を常に把握しアプローチできるのです。
さらに「顧客データ」もそのうちの一つです。
どの企業でも顧客データを管理していますが、デジタルネイティブ企業における「顧客データ」とは潜在顧客に関わるあらゆる側面のデータであり、ニーズの指向性や健康状態などをデジタルITを通じて集めたデータのことです。
アプリを使って行動(画像をシェアさせる等)を起こさせることでデータを得て、そのデータを基に別の商品の購入を促すといったことも行われています。
これまでの経験や勘にはいっさい頼ることなく、「今」起きていることをデータでのみ把握し、経営や営業活動を展開していくのがデジタルネイティブ企業なのです。
潮流2:D2C(Direct to Consumer:ダイレクト トゥ コンシューマ)
この言葉はこれまで中間流通業者を通さずに自社のECサイトから顧客に直接販売することを指したものでしたが、現在はさらに進化した取り組み、デジタルネイティブ企業の特徴の一つとして挙げられています。
高畑講師はその事例として、アメリカで起こった寝具業界の劇的な変化を紹介してくれました。
発端は2014年に創業したあるマットレスメーカーで、この会社ではマットレスというかなり大きな商品を店舗ではなく完全にECサイトで販売を始めました。
それまでの「業界の常識」として大きくて購入後長期間使用するものなので店舗で体験してから購入されるものとされてきました。
そのため業界は完全に停滞し、どの売り場でも顧客のニーズをまるで顧みないものが並び、満足した購入はできない状態でした。
そんな中ECサイトでのみ販売する会社が現れ、業界では当初「常識外れ」として見られていました。
しかしその会社は顧客のニーズを把握、満足させる施策(100日間返品無料など)を数々打ち出し、健康についての情報誌の発刊やSNSで15万人ものフォロワーを獲得するなどこれまでの業界常識を破壊して瞬く間にトップに躍り出ました。
その結果、これまで業界トップにいた老舗チェーン店が破産するに至ったのです。
このようにD2Cとは直接販売を通り越して直接顧客と繋がることを意味しており、且つまたそれがこれまでは考えられなかった業界にも現れるということです。
これからは顧客と繋がることを怠ったり、繋がれない企業は事例のようなデジタルネイティブのスタートアップ企業によって排除されてしまいます。
デジタルネイティブ企業は顧客や社員との関係を根本から変えるということです。
潮流3:サブスクリプション(subscription)
サブスクリプションとは「定期購読、継続購入」を意味し、商品やサービスを所有・購入するのではなく、一定期間利用できる権利に対して料金を支払うビジネスモデルです。
定期購読や継続購入というのは以前からありましたが、これまで同様の購買方法がなかった業界で適用することでこれまでになかった価値が生まれています。
洋服を買うのではなく新しいものが毎月送られてきて、使用後はそのまま送り返すという仕組み(air Closet)や、各地の地酒とおつまみのセットが定期的に送られてくるもの(saketaku)、さらにはレンタルやリースでもない自動車のサブスク(KINTO)など、これまではまったく考えられなかったもの、業界において新しい価値としてのサブスクリプションが登場しています。
その他にも住居や宿泊におけるもの(ADDress、HafH)や、美容室、飲食店でもサブスクリプションを始めています。
このように近年多くの業界で新しい価値となるサブスクリプションが登場していますが、高畑講師は成功させるのは非常に難しいと注意を呼びかけました。
顧客と長期的継続的に関係を維持しようとするものなので安定して商品やサービスが供給できることが大前提であり、利益を出すためには相当数の顧客の獲得が必要です。
アイデアだけでなく、成功させるにはかなり緻密な分析と準備が求められるということです。
潮流1でデジタルネイティブ企業がデジタルITを使ってマーケットを緻密に分析することがわかりましたが、さらに「計画よりも実験」という特徴的な経営手法によって様々なサブスクリプションを成功させています。
先述の第3のプラットフォームを活用することで、様々なアプローチで顧客と継続的な関係を構築することができ、その繋がりの中で短期間で何度も「実験」することが可能なのです。
サブスクリプションによって衣食住に対する価値観が変わり始めていますが、デジタルネイティブ企業のこれまでにはなかった経営が顧客の消費や働き方を根本から変えているからだということです。
潮流4:カスタマーサクセス(Customer Success)
サブスクリプションがデジタルITによって発達進化したことで、これまでの顧客への関わり方もより積極的なものが生まれました。
サブスクリプションは先述の通り商品やサービスを所有・購入するのではなく、一定期間利用できる権利に対して料金を支払うビジネスモデルですから一番重要な指標は継続率であり、いかに長期間継続して契約してもらえるかが成功の鍵になります。
この顧客との関わり方の根本にはLTV(ライフ・タイム・バリュー:顧客生涯価値)という指標があります。
これは1人あるいは1社の顧客が自社と取引を開始してから終わるまで(顧客ライフサイクル)のあいだに、どれだけの利益をもたらしてくれるのか、顧客から得られる利益の総額を表したものです。
つまり、サブスクリプションは継続取引が1番の目的であるが故に顧客を惹きつけておくために顧客接点を積極的に持つ必要があり、これまでの顧客不満足の解消としての取り組み(カスタマーサポート)ではなく、顧客満足を追求し続ける関わり方(カスタマーサクセス)へと変化し、これが結果的にLTVを最大化させる取り組みとなったのです。
カスタマーサクセスはLTVを最大化するための顧客との関わり方ですからこれまでも行われてはいました。
それは継続的な取引が可能な顧客、取引額の大きな顧客に対して取引を継続し提案によって新たな取引(による利益の上乗せ)が可能な顧客に対する活動です。
例えば同じ商品の買い替えのための展示会やイベント、あるいは別の商品を勧めるための個別訪問や接待など、とりわけ中小企業が得意とする直接的な関わりです。
ただ、この関わり方は時間も費用もかかるため、取引額の大きい「お得意先」に限られ、同時に多くの顧客にアプローチすることは困難でした。
その点デジタルネイティブ企業は最初からデジタルITによって幅広く多くのユーザーと接点を持ち、顧客となってからもデジタルITでアプローチし続けることで顧客毎のニーズを把握してそれを満たすための新しい提案を繰り返し、多くの顧客のLTVを同時進行で最大化させているのです。
潮流5:OMO(Online Merges with Offline)
これは結論から述べると、今後オンライン化が進んでいくと10年~20年後にはその進化形としてオンラインとオフラインの境目のない新しい購買環境が広がるというものです。
これは現在でも進みつつあるもので、例えばシェアリング自転車やタクシー配車、デリバリーフードビジネス、そして無人スーパーなどがあげられます。
これらはいずれも実際の人を介すべき場面(オフライン)においてオンラインで決済されるサービスで、既存のインターネットとリアルな店舗・サービスの役割の境目が変化し、より流動的になっています。
つまり、ほとんどの人がスマートフォンを利用している現代社会では、人々は常時オンラインでつながっており完全なオフラインは存在しないと考えられます。
この環境が進化すると、つまりデジタルIT技術(AI)と機器(高度なセンサーや自動化されたロボット)があらゆるところに普及し存在することになると、オフラインとオンラインの境目はますますなくなっていくことが考えられるのです。
例えば街中を歩いていたり、買い物していたりする時に、ある店舗を通りかかった時にスマートフォンなどのモバイルあるいは店頭のモニターにレコメンド情報などが示され商品・サービスの購買を促進されるようになる、などです。
GoogleやAmazonではこのOMOを見据えた取り組みが進行しており、現在すでにスマートフォンを使って目の前にある商品を撮影するだけで詳細なスペックがわかるだけでなく購入先を示してくれるなどのサービスが行われています。
AmazonはOMOを見据えて様々な分野の商品・サービスを網羅するためにあらゆる業界の企業買収を進めています。
このようにデジタルネイティブ企業は現在のオンラインによる購買環境が進んだ先を見据えた取り組みをしています。
映画のようにリアルな世界がデジタルの世界になることはありません。
しかし、オフラインとオンラインの境目がなくなるというのは普段の生活上の物事のほとんどがデジタルIT化されている状態ですから、デジタルIT化されない企業は消滅するかデジタルネイティブ企業の下請けになるしかない、ということをOMOが示しています。
まとめ
この章の冒頭にありましたアメリカの調査会社の報告にあったように、来年2022年までに、生産されるものの半分以上がデジタルに関わるもので作られ、その結果2023年までに、ほとんどの企業がデジタルによって運営されるビジネスに携わっている、そして2023年までに大半の企業が「第3のプラットフォーム」(クラウド、モビリティ、ビッグデータ、ソーシャル)に多くの費用を支出するだろうという予測。
今後はこれら4つのデジタル領域を既存の事業に掛け合わせ新しい価値を創造していくこと、つまり「デジタルトランスフォーメーション(DX)」だと説明がありましたが、ここまでのデジタルネイティブ企業によって起こっている5つの潮流を前にして中小企業のDX化は待ったなしだと高畑講師は言います。
これまでのようにデジタルITを単なるツールや経営の一部だと切り捨てる時代ではもはやなく、今まだその発想でいると1年後、2年後にはデジタルネイティブ企業に取って変わられる可能性が非常に高くなってきています。
これからのビジネスはデジタルネイティブ企業が牽引することは間違いありません。
それに伴って、採用、集客、アフターフォローなど様々な業務が新たな形に置き換わっていきます。
これはすべての業種業態、職種に適用することです。
では、中小企業のDXはどのように進めていけば良いのか、次の章で教えてもらいました。
中小企業のDX
中小企業と言っても様々な業種の会社があるので一概に説明できるものではありませんが、今回は高畑講師が経営されている会社がDX化された状況を教えてもらうことで、DX導入のヒントや具体的な活用について学びました。
高畑講師の会社がDX化へ大きく舵を切ったきっかけはリーマンショックでした。
リーマンショックによって年商の半分が焦げついてしまうという事態に陥り、一気に債務超過となってしまったのです。
この時去っていった社員さんもいたことから、ヒト・モノ・カネいずれの資本も枯渇してしまい残された道はIT化しかありませんでした。
特に痛手であったのが人材の枯渇で、仕事が追いつかずクレームが多発しました。
そこで限られた人員で会社の価値を下げないために事業と業務の取捨選択を行い、強みが発揮される事業に集中しITでできることはIT化することにしました。
具体的には、まず第一にコスト削減のためのIT活用です。
総務業務(勤怠管理から給与計算、入退職、確定申告など)および経理業務(請求書発行や決済業務と月次決算)を各種クラウドサービスと社労士さん、税理士さんとの連携によって完全アウトソース化、同様に経費清算についてもクラウドサービスを利用し、社内での業務をゼロにしました。
また、業務管理(資金管理、商談管理)や会議議事録などすべてのデータをクラウドによって「見える化(共有)」しました。
さらに無駄な営業電話の対応をなくすために受付電話を廃止してクラウド化しました。
高畑講師はこれらの社内業務の変革を通して、経営者が意思決定という仕事に集中するためにもITができることはITにやらせ、データはすべてクラウドで運用することを強く推奨しました。
その上で、中小企業の経営者の多くがIT化を「他の誰か」にやらせようとするから進まないし苦手意識が変わらないと言います。
中小企業のIT化、DX化の成功の鍵は経営者自らが取り組みことだということでした。
次はITによる付加価値づくりです。
これは先述の「カスタマーサクセス」のための取り組みで、現在あるITサービスを活用して顧客にとっての自社の価値を高めることです。
高畑講師の会社は元々デジタルITに関連した会社でしたが、リーマンショックでの人員不足によって顧客とのコミュニケーションが不足してクレームが多発したことから、自社でクラウドによるコミュニケーションツールを開発することにしました。
これによって少ない人員でも顧客との円滑なコミュニケーションが図れるようになっただけでなく、主力商品にもなりました。
同様に他社の優秀なクラウドマーケティングサービスも販売することにし、今では売上の85%がクラウドサービスのサブスクリプションで占めるに至りました。
ただ、現在に至るまでには10年かかったということで、IT化に成功したのはITによって削減したコストのすべてをこれら商品開発や販売に投資し続けてきたからだと高畑講師は言います。
ITによる付加価値づくりは、高畑講師の会社のようにデジタルITに関連した企業だけのことではありません。
カスタマーサクセス(顧客満足の追求)のため、顧客にとっての自社の価値を高める取り組みですから、デジタルITを利用して自社のすべての顧客にアプローチし続けることを考えるということです。
だからこそ、DXは人任せにせず経営者が率先して考え取り組まなければ成功しないと高畑講師は繰り返し伝えていました。
三つ目はITによる経営革新です。
高畑講師の会社はリーマンショック時に人材不足に陥ったことでIT化に舵を切り成功したわけですが、IT企業としてやっていこうとしたところにぶつかったのがやはりエンジニア等のIT人材の不足でした。
デジタルITが進化・普及していくとIT関連の人材はひく手数多で、近年は不足と同時に高騰していいるので、中小企業にとっては危機的な状況にあります。
高畑講師は中小企業が必要な人材を確保するためには組織体制の変革が必要だと感じ、組織にもITを導入することにしました。
先述の通り受付電話を廃止し、社内のデータを完全に共有、役職をなくしてフラットな組織にすることで自由な出勤体系に変えました。
それによってテレワークが可能になったため、遠く北海道在住の人を採用するということもできるようになりました。
そのようなことに取り組んでいた時にコロナが発生したため、2020年1月の終わりには早くも全社テレワークに移行し、コロナ禍を受けて2020年7月にはオフィスも廃止しました。
これによって会社のほとんどがデジタル化されることとなったのです。
会社のほとんどがデジタル化されたことで起こった革新が3つありました。
①損益構造の革新
オフィスが無いことで家賃や光熱費、通勤費などのコストがなくなり、人件費以外のコストが1/3になった。さらにクラウドサービスを利用することで総務や経理の費用がサブスク化された。
オフィスは無いがバーチャルな空間でリアルなオフィスと変わらないコミュニケーションを図り、メンバーの仕事量やタスク管理はクラウドで行い、全社員が共有する。
マーケティングもデジタルITで自動化することでデータドリブンな仕組みを作り、その仕組みやデータに応じて必要な人材を投入するという人件費の変動費化が起こった。
②働き方の革新
フラットな組織とオンライン環境によってマネジメントの概念が変わった。社員さんとは責任業務を明確にして契約をし契約の延長は労使双方で決める。時間や場所を縛らないで自由な環境下で働けるようにし、それぞれ異なるスキルを活かしてチームで成果を追う。役職はなく全員がリーダーとして行動する。
居住地やそれぞれの生活環境の変化に対しても柔軟に対応できるようになったことで、全国で男女を問わない採用が可能になった。同時に仕事状況に応じた採用が可能になった。
③提供価値の革新
仕事の状況に応じた採用が可能になったことで、顧客からの要望に柔軟に対応できるようになり、対応した新しいサービスが次々生まれるようになった。
高畑講師の会社が10年かけて行ったDXをまとめると
1.IT化による生産性の向上
2.ITによる新商品開発
3.DXによる経営革新
やってきたのは小さな課題を地道にこなしていっただけで、特殊なことは何もやっていないと高畑講師は言います。
ただ、この10年の中で新しいことにトライし続けてきたという自負があると言います。
もし、これから10年先の未来を変えたいのであれば今から始めてみてほしいということでした。
冒頭にあったようにコロナによってエクスポネンシャルな変化が起き、私たちはまるでタイムマシンに乗って少し先の未来を今見たわけです。
大変なピンチに陥りましたが、それがために我武者羅になって以前では考えられなかったことにもチャレンジしました。
コロナがなければこれほどまでに飲食店がECサイトを立ち上げたり、ITを使ってお店の混雑状況を知らせるようなこともすることはなかったはずです。
そして顧客もそれらを新しい価値として評価をし、一過性のものではなくスタンダードになっていくのであれば、もはやデジタルITに取り組まない企業の未来はこないと言えます。
高畑講師は最後に好きな言葉を投げかけて講演を締めくくりました。
「未来を予測する最良の方法は自ら創り出す事である」
高畑欣哉講師、貴重なお話ありがとうございました。
参加された皆様にも改めて感謝申し上げます。